2013年5月30日木曜日

続 バラ折り紙の作成基礎部分+ ヒントのノート

実はノートを少し詳しくして、お仲間に知らせしましたが、バラ折り紙の作成基礎部分+ ヒントのノートの記事に138回もアクセスがあったことに気づきました。
一部の方にはお知らせ済みですが、作成ノートをちょっと詳しくしたので、もし興味があればのぞいてみてください。
ここをクリックするとpdfがたちあがります

2013年5月29日水曜日

探査機カッシーニによる土星映像

相模原市立博物館のプラネタリュームを久しぶりに見てきました。閑古鳥が鳴いてました。20人ぐらい。数人の高校生らしい女子生徒のグループがいたのは救いか。

今月31日まで、探査機カッシーニから送られてきた情報に基づく映像集が上映されている。
タイタンの映像(土星最大の衛星で、その直径は約5150km。)。土星最外側のリングは、一つの衛星の北極付近から液体が噴き出していて、それらが凍って形成されるんだと説明。
ちょっと眠っちゃったけど、ほんの少しファンタジーを楽しもうという向きにはよろしいかも。
来月は、はやぶさ2の計画についてのプログラムがあるらしい。

2013年5月28日火曜日

折バラ 右巻きと左巻き

つれづれなるままに

小中学生に携帯電話必要?

昨日、事なき、を得たらしいが、携帯電話の画面を見ながらプラットホームを歩いていた小学生が線路に落ち、そこへ快速電車が!その児童がホームと線路の間の空間に入ったのと、快速電車が止まる駅で、電車が児童の位置の直前で止まって、児童は落ちた時の傷だけで済んだという。幸運が重なったね!
そこで思い出したのは、5月22日の朝日新聞の第2面「ひと」の欄だ。携帯電話網の生みの親として”チャールズ・スターク・ドレイパー賞”を受けた奥村善久さんが紹介されていた。

地形や建物が電波の伝わり方にどう影響するか、東京タワーからの100Km圏を走り回って受信実験を繰り返し、「奥村カーブ」なるものを1968年に発表。今でも携帯電話基地局の配置を決めるのに、そのデータが使われているという。

紹介されたやりたい仕事への取り組み方、姿勢もとても面白いし、これこそ研究者と言いたいものだが、ここでの主題は、子供たちが携帯を持つことに、氏が驚いたということ。「あくまでも、ビジネスの道具。学生や子供には必要ない。メールより本を読んでほしい。」
やむを得ず、子供に携帯を持たさざるを得ないお宅もあるかもしれないが、基本的には奥村さんの考えがノーマルのように思う。ちなみに奥村さんご自身は携帯を持っていないとか。

2013年5月26日日曜日

旧新橋停車場 鉄道歴史展示室

用事があって新橋に出たついでに、旧新橋停車場 鉄道歴史展示室に寄ってみた。汐留駅として、貨物系の操車場があったところである。今の新橋駅の東方にある。ここから横浜への日本最初の汽車の出発点だったところだということで、小学生の時に、見学に行ったが、そのような史跡は全く見られなかったと記憶している。

1986年に汐留駅は廃止になり、1991年から発掘が始まり、遺構が出土し、遺構の上に駅舎、プラットホームの一部が復元されている。大きなビルの谷間にあって、ちょっと見には分かりずらい。建物は展示室とレストランとして使われていた。
左はプラットフォームの石組みの跡だそうである。展示室内部の写真撮影は禁止だったが、I型レールとか、当時の犬釘その他こまごましたもの、更には中々見ることが出来ない写真の展示があった。
 

アルコール・フリー・ビール

今、飲んでる薬の関係で、お酒はいけませんとお医者様から言われてしまっている。残念な話。
昨日みたいな気温だと、やはりビールが欲しくなる。同情した背の君、ノンアルコールのビールを一缶買ってきてくれた。黒ビールタイプ。缶を眺めると、ホップも入っている。
ためつ眺めつしてる私の背中の方から、背の君の声。「お店のお兄さんに、これ美味しいの?と聞いたんだけど、」(聞く方も聞く方だなー。お兄ちゃん面喰ったろうなー!)「さあー、飲んだことがないので―」と答えたとか。正直だなー。彼の正直さが気に入って、それじゃとてコップについでみた。黒ビールの色をしていて、泡も立つ。
思いきって口に入れた、何とも複雑な感覚が口中に広がる。勿論、マズ―イ!。あのテレビコマーシャルのX汁の不味さとも違う。ビールの最初の一口の爽快感が、期待として頭の中にある分だけ、もっと不味いのだ!
とても360ml飲む気は起こらない。それじゃと背の君も半分を負担してくれて、一缶をなんとか飲み切った。(飲み干したのではない)
人生もう少し生きて、やりたいことがあるように感じているが、どんなに薬を飲んで身体を守っていても、いずれは衰えて行くのは確か。キット見切りをつける時が来るだろう。その時は、ガバーッと飲むか!それまでの辛抱だ!


2013年5月16日木曜日

橋下氏:記者会見で言うべきことではなかった

橋下徹氏の発言について、あるTV局の朝番組で取り上げられて、橋下氏も登場して議論していた。従軍慰安婦の問題が取り上げられたわけだが、もっと大きな問題に関する発言の中の一つであったらしい。彼の記者会見における最初の発言をつぶさに聞いたわけではないので、彼の弁明が正当かどうかは分からない。問題が問題なだけに、記者会見で述べるべきことではないと思った。適当に処理されて、イメージを作られるだけだ。ただ弁明を聞く限り、理解できるところもあったが、後でアナウンサーの「最初の会見と、今日の話との間に論点のずれがある」と言っていた。
メディアは目立つところを切り取って報道することを百も承知でやったと橋下氏は言っていたが。こういったことを発言するなら、センセーショナルな面は減退するが、正確を期す必要がある。論文として発表すべきではなかったか。書く間には、より深い思慮も働くはずだ。ああいう形で報道されて、イメージだけが先行するだけだ。
侵略の定義が定まっていないなんてウジウジせず、強制連行があったかについて曖昧にせずに、やってしまったことはやってしまったこととして、謝るべきははっきり謝れ。ということには賛成する。その方がずっと未来志向的だと思う。
それにしても、メディアの言わすだけ言わせておいて、コンテクストも示さずに、切り取って報道するというのはよくないね!そういう報道がどういう意味を持つかよーく考えてないと思うし、頭が悪いとしか言えない。

2013年5月15日水曜日

白山&永平寺

8日夕方、金沢から片山津温泉に移動。
左の写真はホテルのロビーから柴山潟越しに眺めた白山です。
GW開けで、ホテルはガラガラで、風呂、露天風呂に行っても私一人。の―んびりとつかりながら、湿度のおかげで喉の調子もよく、誰もいないお風呂で、くつろいだ。
翌朝は加賀温泉駅から福井に出て、永平寺直行バスに乗って永平寺まで行きました。






ここは僧侶の修業の場、廊下も冷たいところを歩いて見学させてもらったのは当然のことと受け止めたのだが、見学出発点そして戻ってきた受付、売店等があるところの床が、床暖房になっていた。どうしてそんなことするのだろう?修行僧のためのはずがない。修行の場を見学させてもらってる身への配慮なら不要のこと。
瓦ふき替えのための寄付を募っている若い僧侶には気の毒だったが、「私は納得がいかないので寄付しない。床暖に使う金を瓦に使えばよい。それでも足りなければ考える。」と言って帰って来た。
帰路は、安宅の関そばの小松空港からB777-200に乗って帰って来た。飛行機はかなり混んでいたのには驚いた。それも黒っぽいスーツ姿のビジネスメンが目立った。

2013年5月14日火曜日

金沢ちょっぴりぶらり歩き

夕方には片山津温泉に移動するので、5月8日は朝早くホテルを出てバスを利用しつつぶらりと歩きました。
東茶屋街に行くべくバスを降りると、目の前にまむし黒焼と書いた看板。薬屋さんでしょう。東茶屋街ではボランティアさんの説明を受けて一回り。金箔細工の作品等、茶屋とは別の目的に使われている建物もいくつもありました。 金沢城は、城のたたずまいを再現すべく再建の最中でした。

2013年5月13日月曜日

5.7+45=大盤振る舞い

50周年まで共に生きているかどうか不明だから、45年目の3月下旬に旅行しようなんて、考えたのが悪かったのか、私、3月上旬に11日間の入院をする羽目になり結局、旅行は延期となり、今回の旅行がリベンジということでした。
いつも安でのホテルで済ますはずなのに、金沢泊は我々にしては上のホテル。着くなり、背の君、気のきいたレストラン情報を聞いていた。大蔵大臣をまかせてある以上、不安は伏せて相談の末、かなり上等のイタリアンのお店へと繰り出した。
豪華のわけ、45周年記念プラス5月7日は巳年生まれの私の6回目の巳年の誕生日だったのだ。アペタイザーから始まって、いろいろ。左は石のプレートが気に入ったので撮った。イノシシ肉の料理もあるのですが、なかなかの美味。お魚はなかなか良いもので、直ぐ食いついちゃったので、写真なし。ここは能登牛の料理を(右)。
 


我々のテーブル担当とシェフに見送られて、大満足でホテルに帰り、ゆっくり一日の疲れを休め、翌日は金沢見物。旅は目を休め、疲れた心を洗ってくれます。本当に。
下は金沢駅東口。

2013年5月12日日曜日

5月7日(2):輪島にて

能登空港からバスで輪島に直行。朝市に滑り込みセーフ。仕舞い始める直前で、日干しなど少々購入。漆器屋さんで孫へちょっとしたもの購入。そんなものより昼飯。海鮮丼が美味しかった。
千枚田、世界遺産だそうだが、ちょっと拍子抜けした。でも海は綺麗でした。
  GWは大変混み合っていたそうですが、お店も一服の体でした。
漆器はやはり大したものでした。塗りの光沢が素晴らしく、木からできていると思えない出来に、何と思ったか「ねえ、まるで陶器みたいよ」なんて口走るお客さんがいて、店主に「お客さん、お里が知れますぞよ」とたしなめられる一幕も。

2013年5月10日金曜日

5月7日(1):羽田から能登へ山並み空路を楽しむ

朝早く家を出て羽田へ、そこから能登空港-輪島-金沢(泊)-加賀片山津温泉(泊)-福井永平寺-小松空港-帰路という2泊3日の旅に出ました。
能登に飛んだのは、全てマイレージで航空代金を払おうとすると、朝早い小松空港行きの便が取れなかったため、能登空港に降りることにしました。でも輪島を楽しめて良かったです。
乗った飛行機はA320-200型機。羽田を発って北西にまっすぐ松本上空へ行き、そこから進路を真北にとって糸魚川河口付近で日本海に出て左旋回して能登空港へ降りる約一時間の飛行でした。
その間、富士山に始まって、南アルプス、八ヶ岳連峰、中央、北アルプスの眺めは素晴らしく楽しみました。祖父は黒部とかその他で初踏破とか冬季初登頂なんてことをやった人なのですが、私はさっぱりだめ。でも山の姿を眺めるのは好きです。

藤野芸術の家

遠出をひかえておこうという気もあって、GWは静かにしていましたが、一日だけ今までよりは足を延ばして、藤野の芸術の家ってどんな所かと見に行きました。とこらが道路は混んでトコトコ走り。寸沢嵐まできてもノロノロに嫌気さし、レジャーランドのところで左折、山に入ってやまなみ温泉経由で到着。
何、一時間で行けるなんて考えは大甘でした。
芸術全般にわたっての体験施設で、宿泊施設もあって自然に囲まれた良い環境でした。合宿も可能です。
行った時には工作室で、小さな子どもさんずれの家族が沢山思い思いの作品を作っていました。とてもほほえましい光景を見た感じ。
この施設のごく近くには道路に面して、藤野、牧野辺りに散在する工房の主催者さん達が 夫々、小屋のような部屋に出店されていました。
猫好きの作家さんの猫二匹(作品)が草むらに寝そべっておりました。
樹木に絡まった野生の藤を道すがら見ることが出来て、楽しめました。
写真をクリックすると大きくなります。

2013年5月4日土曜日

昨日は5月3日

憲法記念日でした。

私は現在の憲法は一つの理想的理念を示しているように思うが、世界を眺めまわして見たとき、一つの国が実験を行っているように見える。これで本当によいのか国民が深く考える必要はあると思う。

だけど、報じられるところによると、今の総理大臣は9条の問題を封印して改憲の条件のみを争点にしようという。本当だろうか?もしそうならそれは姑息に過ぎる。
そして更に「国民の半分が賛成しても、国会議員の三分の一が反対すると変えられない。それはおかしい」というのはおかしい。憲法の何たるかを知らない阿呆ではないはずだ。わざとまやかしの論理を振りまわしているように見える。

本来なら、憲法は全国民が受け入れるようなものであってほしいものだが、いろんな考え方があるから全てというのは無理で、大多数という観点からたとえば三分の二があるのだ。国会議員は当然国民の考えを反映しているはずだから、改憲の発議も国会議員の三分の二の賛成によってなされるべきだと思う。改憲がしやすくなるよう条件を変えようなんて、国を誤りかねない。

憲法の持つ問題点があると思うなら正々堂々と述べ、持てる力全てを注ぎこんで国民を説得すべきだ。焦らず真正面から取り組むべきと思う。憲法とはそれほどの価値のあるものだと思う。改憲の条件だけをいじろうなんて、安易なことはなすべきことではないと考える。

2013年5月2日木曜日

スズラン@横山公園&うぐいす

早くも一年はめぐってきて、懐かしいスズランと出会いました。横山公園の陸上競技場の傍(東側)。

「春へのあこがれ」を口ずさみたくなるような陽気でした。
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楽しや五月 草木は萌え     うれしや五月 光は映え
小川の岸に すみれにおう    若葉の森に 小鳥歌う
やさしき花を 見つつ行けば   そよ風わたる 木かげ行けば
心もかろし そぞろあるき      心もすずし そぞろあるき