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2020年7月20日月曜日

行くべきか、行かざるべきか・・・(To go or Not to go, that is the question.)

7月20日までに相模原市で確認した累計罹患者数と、一週間毎の新規罹患者数(橙色の点)。最後の一週間で21名も増えた。
21名の構成は市の発表を見ると20代11名、30代3名、40代4名、50代2名、60代1名と20代が圧倒的に多い。多分これは一般的傾向なのだろう。
こういう時期にGo toキャンペーンとは、如何なものかという人も多い。そういう意見に対して、お金を回さないと社会が立ち行かなくなると言われる。病人が増えると社会は働き手を失い疲弊する。経済が凍り付いても社会は疲弊する。困った事態だ。
それじゃ―、何故旅行業だけなのか?日々の生活に必要なものを扱う商業は何とか行っている。10万円の一律給付がほぼ行き渡る状態になって、電気製品など日用品とは異なる一寸大型の商品の売れ行きも良くなったとか。そうすると次はやはり旅行業界、飲食業界なのかもしれない。

ちょっと、密の例としてスーパーマーケットの状況を考えてみた。ソーシャルディスタンスと称して、レジの周辺ではお客さんは整然と並んでるが、商品が並ぶ域、特に人気商品や、安売り商品の周りは密着ディスタンスに近い。デモ周辺で異変を聞いたことはない。レジ周辺での整然たる列が滑稽に思えてくる。それは余談。
そんなら、一寸旅行へ、なんて考えたが、さーてな、スーパーではしゃぐ人もいないだろうけど、旅行ともなると人々は開放的となるだろう。スーパーの中でのつつましやかな振る舞いとは程遠くなりそう。そんな中に飛び込んで行く元気はないな。どうやらハムレットを気取ってTo go or Not to go, that is the question.なんて書いたけど、私はNot to goだな。家の周辺で、楽しいことを見つけ出して、ゆっくりする方が良いような気がする。

2018年5月19日土曜日

5.16;角館にて

朝秋田から秋田新幹線を利用して角館へ。新幹線だけど、秋田駅のプラットホームも在来線仕様。走るコースも在来線そのままで踏切もある。だけど線路は狭軌ではなく、標準軌(秋田駅周辺では狭軌の列車と標準軌の列車が混在できるように3本のレールの部分があるという)。何故ミニ新幹線と云うんだろうと角館駅で駅員さんに質問してみた。
骨子は、新幹線に乗り入れられねばならないので、車体の下につける台車は標準軌でなければならない。
レールは在来線上に標準軌を敷設しなおす。だけど在来のトンネルを通ったりするには車体は在来線仕様でないとだめ。したがって幅狭の車体。だからミニ新幹線と云うとのこと。確かに新幹線では椅子が2+3=5列に対し、ミニ新幹線では2+2=4列でした。
ここを走る在来線列車も台車だけは標準軌に取り換えてあるそうな。お金かかるから3本レール方式を貫きゃいいのにと思って調べたら、そんなことすると、レールの擦り減り方がばらばらなことになって、保線が大変だとのこと。納得。
さて、角館を訪れたのは、やはり武家屋敷周辺をちょっと見たかったから。ここの殿様は佐竹北家で、いわば本家の一支藩。だけど今の秋田県知事は佐竹北家の当主とか。その佐竹家だが、河内源氏の棟梁八幡太郎義家の弟、義光を祖として常陸北部を永く支配していたが、徳川家康によって秋田へ移封されて、江戸時代も生きぬき、明治に入って華族に列せられている。
上級武家でも謂わば陪臣。決して豊かな生活ではなかったと思われる。勘定方を担っていたという石黒家は今も子孫がお住まいとのことだが、ごく一部が公開されていた。医療にも携わったとかで、解体新書の写しも公開されていた。そのほか広いお庭を公開されているお宅も。欄間に亀が彫られている。しかも木の縞模様が川の流れのように生かされている。
道路が広い。これは昔からそのままとのこと。武家屋敷の地域には枝垂桜、楓などがよく見受けられた。
とても落ち着いた佇まいの町です。

2018年5月17日木曜日

5.15;五能線(十二湖)

この日はくっきり晴れた。
車窓からの岩木山の景観、ゆっくりすそ野をひいて、素晴らしかった。

弘前から特急、リゾートしらかみに乗車。最初「橅」編成、途中から「くまげら」編成に乗り換えるという通常はない特別の事があった。  
 
橅編成列車と千畳敷駅では15分間の海岸での散策。粋な計らいがある。
そして、素晴らしい景観の海岸線ではゆっくり走ってくれる。
十二湖駅で特急から降りて、バスに乗り十二湖の青池あたりまで。そこからちょっと山道を歩いた。
この日の歩数は7600歩。橅林、エンレイ草、ヒトリシズカ、そして澄んだ湖沼等々、楽しみながら、大部分が白神山地のごく一部を歩くのに費やされた。膝が悪いかみさんが、杖を突きながら負けん気を発揮したのは褒めてやろうと思う。(翌日大分へたっていた。がしかし口だけは達者だったなー)。
帰りは十二湖駅までバスで出て、鈍行に乗って東能代へ。これで五能線とお別れして、奥羽線で秋田まで。そこで泊まり。五能線は楽しめる。良い選択。

言い忘れ、弘前で五能線に乗って、しばらくして、先頭車両で津軽三味線の実演があるとの放送あり。さっそく移動して聞きに行ったら、二人の奏者のうちの一人は前日に 弘前ねぷた村で演奏してくれた人。彼は売れっ子らしい。

2018年5月16日水曜日

5.14;弘前にて

青森についた時から感じていたが、土地の人たちの人のあたりが柔らかいなー、払われる気遣いが温かいなーと。
さて、14日、曇天。5月中旬だが、まだ八重桜が咲いている。紫の木蓮も。リンゴの白い花も見事に咲いていた。
午前中は弘前城めぐり。決して広くはないけど、堀は2重、3重にめぐらされ、高低いくつかの土塁もめぐらされている。
面白いのは、本丸にある天守閣が端っこに作られていること。今般の地震で石垣が崩れそうな気配がみられるとて、天守閣を丸ごと ジャッキアップして本丸の中央部に移し、現在石垣部分の補修工事がなされている。
長方形の本丸は天守閣が端っこにあって、その広い長方形の部分は今はいくつかの銘木のほか桜などが植わっている。 昔は敷地の大部分を使って御殿があったらしい。そんなことが推測される展示がなされていた。本丸の西側に岩木山の すそ野が見えていた。残念ながら曇天のため山容は見えない。
午前中最後に藤田記念公園に寄って、崖の上下に設定された山水をあしらった(?)お庭を楽しみ、昼食後に、公開中 の武家屋敷を見せてもらう。100石とりぐらいの中級武士の家だそうだが、確かに質素なたたずまいだった。
最後に、ねぷた村を訪れた。圧巻は津軽三味線の実演。コンテストで1位になった人だけあって、素人にもは、 迫力は伝わる。撥の一振りでいくつかの音を強弱をつけて発する。 あとで、あの激しい撥の使い方では糸がしょっちゅう切れるのでは?と質問したら。奏者はこともなげに、 そりゃしょっちゅうです。2,3ステージぐらいで取り換えなきゃなんて話でした。
徒歩;12700歩

2018年5月14日月曜日

5.13:三内丸山遺跡&八甲田丸

三内丸山遺跡;青森湾を望む小高い丘の上にあった。5000年前から4000年前ぐらいの頃を推測するのは途方もなく難しいが、すごく楽しみでもあるだろうなと思いながら、ガイドさんの話を聞いた。
柱などは固い栗の木だそうだ、でも既に焼いて虫が食えないようにする技術を持っていたと聞いて驚いた。
ただ、復元に当って、直径2m近いまっすぐ伸びた栗の木は手に入らず、1.5mくらいのをロシアから輸入したそうな。勿論、木は黒々と焼いたものを使っていた。
八甲田丸;今は青森港に博物館として係留されている。お世話になった船。中は随分変わってしまっていたが、列車収容スペースに入ったのは初めて。勿論機関室も。
徒歩;10000歩

2017年11月4日土曜日

10月22日;紅葉の北大キャンパス II

残りです。写真をクリックすると多少大きくなります。

10月22日;紅葉の北大キャンパス I

10月22日、北大キャンパスの紅葉はきれいでした。時間はあまりないので、中央ローン、農学部前のローン、理学部ローンあたりのみ、巡ってきました。写真をクリックすると多少大きくなります。