2012年10月7日日曜日
スロベニア・クロアチアの旅_7 (プリトブィツィエ湖群国立公園(世界遺産))
旅の終わりにプリトブィツィエ湖群国立公園を訪れた。滝あり、何段かになっている大小さまざまな湖沼からなっている。右図(クリックすると大きくなる)のA地点から始めて、大きな滝(B)に寄り、段々と上に歩いて行ってC地点から船でD、Eと渡った。奥にもっと綺麗なところがあるらしいが今回は半分だけ。でもとても澄んだ良い空気を吸って、ほどよく歩き、気持ちの良い森林浴だった。
この旅行の最後の晩はザグレブだった。
夕方近くに、ザグレブに着いた。ザグレブはクロアチアの首都。見所が多いのだが、今回は旧市街を少し歩いただけだった。何だか物足りなかった。東欧圏の首都巡りでも考えたいと思った。
翌朝早く発って、クラーゲンフルトへ。そこから飛行機でウイーンで乗り継いで帰国した。
かなりきつい旅程だったので、体は疲れたが、心は軽くなった。行く前かなり気持ちが重い状態だったからだろう。心も、目も洗われた感じがしている。
2012年10月5日金曜日
スロベニア・クロアチアの旅_6 (モスタル 戦禍の残る)
9月21日に海辺を離れ内陸に入り、ちょっとボスニア・ヘルツェゴビナに入ってモスタルを訪れた。この国はキリスト教徒とイスラム教徒がすむ国で、紛争時には宗教上のぶつかりでもあった。紛争時、確かこの国のことだったと思うが(モスタルかどうかは覚えていない)異なる宗教に属す恋人同士が(どっちがどっちか記憶はない)両宗教の人々が住み分けていた境界域で、二人とも撃たれて倒れているが、誰も助けに行けない。という新聞記事を読んだことが忘れられない。
モスタルは修復されたところと、悲惨な状態のまま残されたところもあった。
この街には古くからあった橋があった。時々テレビにも出るが、飛び込む競技と云うか度胸を競い合う行事が行われるが、この橋も粉砕された。水の中から破片を拾い上げ一部補って修復したと云う。下のビデオの中ごろに映るが、橋のたもとにDon't forget '93と書いた石が置いてあった。
出入国手続き:旅のさなか陸続きの国境越えを何度か経験した。どの国の人が、どの国から入出国するかによって取り扱いに少しの差があるようだが、観光のバスが続いたりすると随分待たされることもあった。最長1時間半待つことがあった。
通貨も複雑だった、スロベニアはユーロ圏オーストリアとの間の出入国のチェックはなかった。
クロアチアもユーロ圏に入ろうとしているが、今の通貨はク―ナ(KN);1KNは15円前後。
ボスニア・ヘルツェゴビナではマルカ(KM);1KMは約60円ぐらい。ユーロを使う事が出来た。
呑み助ではないんだが、見栄張ってかなり濃い赤ワインDingacを買ってきてしまった。正月に弟と呑むことになるのかな~。
2012年10月3日水曜日
スロベニア・クロアチアの旅_5 (アドリア海に沿って旧市街めぐり)
クロアチアはカソリックのキリスト教の土地。多くの教会、大聖堂を見た。またそれ以前のローマ帝国の皇帝の要塞宮殿跡も。世界遺産が3件。
城壁に囲まれた街。これが意味を持った時代には門限が厳しく設定され、間に合わないと翌朝まで外で待つほかなかった。そのための吹きっさらしの小屋みたいのも用意されていた。
モンテネグロのコトルの街も世界遺産。
これら観光地には、紛争の爪痕は目立たないほど修復されていた。修復、世界遺産保持といった面もある。それでも、小さな教会の壁の一方は穴があいていて、もう一方に砲弾が当たって石が砕けた跡があったりした。ドゥブロブニクの記録も想像するだに悲惨なものであったろう。20年以上たった今もその様子を聞くのははばかられるめんがあるようだ。
2012年10月2日火曜日
スロベニア・クロアチアの旅_4 (NAUTIKAと云う名のレストランもあった)
宮崎駿は旧ユーゴのあたりを取材して作品「紅の豚」へのヒントを得たとの話。
NAUTIKAという名のレストランがあったが、もしかして・・・。
私は旅行に出ると、その土地で出る食べ物は出来るだけ貪欲に食べることにしているが、今回お肉料理はそれほど美味しいとは思えず、お魚系がおいしかった。下の写真集には出てないがトロギールで食べたタラのフライも決して悪いとは思はなかった。
ビュフェ形式の朝食は、どこも似た内容ではあったが、パンも美味しかったし、ハム、ソーセージ、チーズ、野菜、暖かい副食も、果物もどれも美味しく、取り過ぎ、食べ過ぎの感があった。
以下では主に昼食(リゾットは夕食)の一部を写真に撮った。
街場ではマロニエ(西洋栃の木)の木をよく見かけた。マロニエのイガイガした皮をむくと、栗のような色形の実が出てくる。栗(マロン)とのかかわりが気になって調べたら、”マロンとは本来はマロニエの実を指したが、マロングラッセに使うマロニエの実をクリで代用したことから、クリのこともマロンと呼ぶようになったと言われる”とか。日本でも栃餅を食べますね。西洋では今は食用にはしないらしいが。
我々の仲間で、飛ぶ種が話題になっているが、これも西洋漆の一種だろうか、一つ一つがくるくる舞いながら落ちてくる。ひとかたまりで落ちていた。(クリックすると大きくなります)
2012年9月30日日曜日
スロベニア・クロアチアの旅_3 (アドリア海に沿って)
リエカ-シベニクードブロブニクと泊り、ドブロブニクは2泊して、モンテネグロのコトルまで足を延ばした。
アドリア海の眺めを纏めてみた。下手な写真から本当の美しさを想像するのは難しいかもしれないが。
石灰岩主体の陸地と青い海の対比は鮮やかで、とても美しかった。
2012年9月28日金曜日
スロベニア・クロアチアの旅_2 (概観とスロベニア)
9月15日、午前11時15分に成田を発ち、空路ウイーン―>クラーゲンフルトそしてバスでスロベニアに入ったことはスロベニア・クロアチアの旅_0で述べたが、その後の旅は食ってはバス、食ってはバス、食っては寝の連続で、また好き嫌いなく何でもおいしいと食べてしまうので、帰り着いたときは2kgも増えていた。
それはともかく、左図の地図中(クリックすると大きくなります)にグリーンで示した経路で、旅の大部分はクロアチアで過ごした。風景、旧市街を見る旅だった。どれだけ国をまたがったかと云うと、スロベニアの後、クロアチアに入り、アドリア海沿いに南下、途中でほんの一部だけ、ボスニア・ヘルツェゴビナが楔のように海辺に出てくるのを通り越して、またクロアチアに入ってドブロブニクで2泊、その間に半日だけ、その南のモンテネグロに入ってのコトルを訪れまた元来た道を戻り、途中から北上して、ボスニア・ヘルツェゴビナに入って、モスタルを訪れ、またクロアチアに戻って北部のプリトブィツェ国立公園(中国の黄龍みたいなところ)、クロアチアの首都ザグレブをまわっての旅だった。以上概観。
ここでは、スロベニアの綺麗なブレッド湖周辺の景色とスロベニアの首都リュブリヤ―ナの写真を動画に編集してみた。ブレット湖ではエンジン付きのボートは一切禁止で、中にある島へは手漕ぎボートで渡る。ここの出身者が種目名は忘れたが、オリンピックの手漕ぎボートで金を含むメダル取得者3人だったかを輩出しているとか。水の色が素晴らしくきれいな湖だった。
このブレッドには2泊したがその間に首都リュブリヤ―ナを訪れた。新市街と旧市街を分ける川は小さかったが観光船が走る。そして川岸にはオープンカフェが並ぶ。スロベニアはハプスブルク・オーストリアの支配を長い間受けただけあって、東欧圏ではあるが、どことなく中央ヨーロッパにいるような感じがした。
ブレッドを発って、クロアチアに入る前におとずれたのが、ポストイナ鍾乳洞。ヨーロッパ最大級のもだそうなのだが、内部は撮影禁止。右図のようなトロッコ列車で内部まで行き、その後大規模な洞内を歩いて見て来て又トロッコ列車で戻ってくる。そのトロッコ列車、くねくね曲がった線路をかなりのスピードで走り、大きな石筍等を見ながら進むのだが、まるでインディ―ジョーンズの世界。注意してないと岩盤に頭をぶつけそう。スリリングなひと時。内部の徒歩コースもかなりの高低差を歩く。疲れた人にはショートカットが出来るようなコース設定がなされていた。我々は勿論、ガイドが率いる全コースを歩いた。ひざを痛めてる背の君はちょっと大変だった。徒歩の最後、列車に乗る直前にコンサートホールと名付けられた広場に出る。本当に演奏会を開くこともあるらしいが、ここは撮影可。一部を3枚の写真を重ねてワイド写真のようにしてみた。
動画を除く写真3枚はクリックすると大きくなります。
2012年9月23日日曜日
スロベニア・クロアチアの旅_1
旅も今日は最終日。一昨日は今回の旅の南端、モンテネグロ国のコトルで半日過ごし、この日の夜と前の晩はコトルの少し北のクロアチア国のドゥブロブニクに泊りました。ここまではずーとアドリア海に沿って風光明媚な地域でした。(左はコトルからドゥブロブニクに戻る車窓からの眺め。ボケてますが、クリックすると大きくなります。)
旅の前の2/3の部分は、見ている限り、内戦の爪痕をはっきり見ることはできませんでしたが、天候に恵まれて、壮大な鍾乳洞、美しいアドリア海と、橙色の屋根の並ぶ街並みの数々など見てきました。しかし実際には例えば、ドゥブロブニクには2千発に及ぶ砲弾が撃ち込まれ、街はめちゃくちゃになったそうです。復興にはこれら海沿いの観光地に先ずお金が注ぎ込んで修復を行い、観光客を呼び、落ちたお金を内陸部の復興に使うと云った戦略がとられたそうです。
昨日、ボスニア・ヘルツェゴビナ国の内陸部モスタルに寄りましたが、叩き潰され、再建された立派な教会を見たり、修復された建物を見ることが出来ましたが、一方で弾痕が残ったままの痛々しい姿をとどめたまま使われている建物、これだけは内戦を忘れないために残した、ほとんど骨だけの建物なども見る事が出来ました。
さて、昨夜はクロアチア内陸部ブリトビィツェ湖群国立公園の近くに泊り、この美しい水郷地帯をほんの少し見て、今晩はザグレブ泊、そして明朝5時発で帰途につきます。
ちょっときつい日程で肉体的な疲れはありますが、心は自由にいろんことが考えられて、解き放たれた感じです。帰国したら日を追ってではなく項目ごとに整理して書いてみようかななんて思っています。
今ホテルのロビーで書いてます。ネットにはこのあたりからしかつながらないのです。結婚式の披露パーティーをやっているようです。「美しき青きドナウ」が流れています。
「旅は命を洗い、景色は目を洗う・・・」なんて言葉をどこかで目にしたような・と
はなむけの言葉をくれた友に多謝。
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