2010年7月26日月曜日

フランス安宿旅行5;ルーブル美術館=>ストラスブールへ

7月16日;シャワーの出方が変則、タオルはきちんと洗濯してあるがかなり古い、メインストリートに面していて夜もうるさい、ツインルーム1泊食事なし63ユーロ(7200円)くらい。それでもネットで事前予約で安くなっているらしい。階上には螺旋階段で上がるか、後から何とかつけたらしい螺旋階段の中央に作り込んだ扁平なエレベーターによる。このエレベーターは2人乗るのがやっとこさ。スーツケースも一緒となると、一人づつ上がることになる。こんなホテルだったがなんとか3泊頑張って脱出の日を迎えた。
荷物を宿に頼んでルーブル美術館へ。このガラスのピラミッド、ルーブル宮殿の中庭にあり、美術館の出入り口でもあり、その下にあるホールの採光の役も担っている。
内部での撮影は可、但しフラッシュ不可。クリアーな写真は私には難しかった。折角撮ったミロのビーナスも、モナリザもぶれている。低階層部ではミロのビーナスを含むおびただしい数の古代の彫刻物に驚かされた。イギリスとの収奪競争の成果と言ったら言い過ぎかもしれないが、まだ見ぬ大英博物館もものすごい数であろうから、この二国だけで一体どれだけ盗ってきてしまって(いや、良い状態に保存するために収容してくれて)いるのやらと、そっちの方に気を取られてしまった。
兎に角広いのでつぶさに見て回るのは不可能。ダイジェスト版の案内を見ながら見て回りました。拾い観です。フェルメールの刺繍する女なんかとても小さい作品なのでかろうじて到達できた次第。
それでも沢山見たなーと言う印象。ドレスの生地の質感が見事に描かれている、ポンパドール夫人の絵はパステルで描かれているのだとは知りませんでした。

最後にしばらく足をとめたピエタを(作者忘れちゃいました)左に載せます。館内のレストランで昼食をとり、ホテルに戻って荷物を引き取り、パリ東駅へ。ついてないことに、使った地下鉄の駅構内にはエレベーターもエスカレーターもない。つれあい殿は膝を痛めてるので、荷物の上げ下げ全部私。老骨には堪えました。
東駅からTGVでストラスブールへ、ホームには、義妹がその長男夫婦、去年ウイーンで結婚した久しぶりの長女夫婦を伴って来てくれて、我々はすっかり身軽になりました。弟の次女の嫁ぎ先の家近くのホテルに荷を置いて、庭での簡単な夕食に誘われる。さすがアルザス地方。ドイツ語、フランス語が入り混じり、それに英語と日本語が混じって賑やかなことでした。右の写真の右側の二人はフランス語を、向かい合った二人は英語を話してます。

2010年7月25日日曜日

フランス安宿旅行4;モネの睡蓮

7月15日;午前中セーヌ河畔のオランジェリー美術館を訪問。ここは主にモネの睡蓮の大作が集められ1フロアーを占めて展示されていました。カメラOKなので一部を撮影しました。午後観光バスでジベルニ-にある、モネが住んだ家(今は博物館となっていて、多数の浮世絵のコレクションが展示されていました。館内は撮影禁止なので写真は撮れず残念でしたが、多数の浮世絵は印象深いものでした)睡蓮の絵と庭の写真を混ぜてムービーにしてみました。

涼やかな美しい方が絵の前で記念撮影をされてました。これもまた一つの作品でしょうか。
オランジェリー美術館にはモネ以外の大家の作も展示され楽しめました。

2010年7月24日土曜日

フランス安宿旅行3;ベルサイユ、モンサンミッシェル

7月13日;ストラスブールへの列車が出る東駅近くに宿を移しました。
この日は移った宿に荷物を置いて、日本人向けの観光バスでベルサイユ宮殿に。この種の観光地は一つ見れば、あとは似たようなものばかりという確信を強めました。ベルサイユは金ぴかが強くって、悪趣味の印象が強い。敷地の広大さはさすがと言うところでしょう。
7月14日;革命記念日(日本で言うパリ祭)で市内の交通はマヒしちゃうらしく、我々は観光バスでモンサンミッシェルへ日帰り旅行。映画の広告で見たことありのシルエットが車窓から見えた時は嬉しく納得でした。
近づくと、なんとなく江の島を連想しました。城塞の門があるのが江の島と違いますが、入ってしまえば坂、石段、その両脇にお土産屋さん食べ物屋さんとまさに江の島。江の島は弁天さんを祀ってますが、モンサンミッシェルは天使、聖ミカエルを祀っている。モンサンミッシェルは防衛の拠点と言う意味もありました。江の島は頼朝が籠ったという話は読んだことがありますが、多分鎌倉防衛の拠点の意味はあったでしょうね。ここはフランスの江の島と結論しました。
名物に美味いものなしと言いますが、弱いリンゴ酒シードルと食べるフワフワのオムレツ、ふれこみのほどのことはなく、ナーンダの印象。
それより、往路休憩で寄った小さな村、ボーモン村、がラプラスの生誕地と知り、写真を撮りました。ガイドさんはフランスのニュートンと紹介していました。科学上の寄与の仕方と言う点では必ずしも良い形容とは思いませんが、偉大な数学者にして物理学者です。量子力学誕生以前において、数学のみならず天体力学の研究など多大の寄与をしました。独自な発見も含めて、科学を発展させた巨人の一人。もしラプラスが量子力学の誕生の場にいたとしたら、どんな反応を示したのか興味深いものがありますが、その数学上の寄与は大きく広がりをもちます。
共通点としてニュートンもラプラスもともに、後に政治に手を染めますが、その点では大したことはやっていません。ラプラスが住んだ家が面した通りには、彼の名がつけられていました。

2010年7月23日金曜日

フランス安宿旅行2;アビニヨン、アルル=>パリ

アビニヨンの宿だけは航空券を購入してもらった会社に予約を頼んだのですが、パリで泊った安宿と同じぐらいの程度の値段でシャワーもバスタブもまともで、これなら良い方じゃないかと思う内容。地方都市に行くと安くなるようです。
アビニヨンからは、南仏アルル地方をサット回ってくる自動車旅行。現地に住まわれる日本の女性の方のガイド。ホテルまで迎えに来てくれて、それからもう一組をTGVの駅まで迎えに行ってサテ出発。ゴッホの世界が見たかったのですが、ツアーの名前にはポンヂュガールの名があり、これはローマ時代の水道の橋で、あの頃の見事な建築技術の結晶がいまに残っているのをツアーの最後の方で見ました。下段が人が渡る橋、上が水道とのこと。
蝉の声がうるさくて気になります。どんな奴かと写真を撮りました。大きさヒグラシかツクツクホウシぐらいで透き通ったはね、鳴き声の印象は単調で「がやがや」言ってるような感じでした。このうるささが熱波と重なってくらくらするほど暑苦しかった。
こうゆうところで、ゴッホは病院に入ったりしながら暮らしてたのですね~。右下のような風景の前に左下の絵と解説が出てました(フランス語お手上げ)。

ゴッホが描いたはね橋は再建だそうですが残されてました。


ゴッホの”夜のカフェテラス”のカフェも残っていました。左の写真の左側の黄色い建物。やっぱり夜に来ないとね~。
来た時はちょうどお昼時で、せめてそこで食べようと思ったのですが、残念にも混んでいたのと時間の余裕がなかったので近くのカフェで軽く昼食。アボカドとチーズがふんだんのサラダ。なかなか良かった。
アビニヨンに戻り、夕食を買い込んでTGVに乗ってパリのリヨン駅に夜の9時近くにつきました。夏時間故明るいです。
リヨン駅に預けてあった2つのスーツケースに家内は小さめのリュックサック。私は年甲斐もなく大きいリュックサックをしょっています。

フランス安宿旅行1;パリ=>アビニヨン

7月10日出発21日帰着の旅行をしてきました。主な目的はパリに住んでいる姪の結婚式に出席のため。ただそれだけではと、山の神さん盛り沢山の計画を立ててくれて、豊かでない我々としてはケチケチ旅行とあいなりました。
11日から16日午前中まではパリの安宿を拠点に観光バスを利用したり、汽車で足を延ばしたり、美術館を見て歩いて、16日夕方にストラスブールへ移動、17日に結婚式、18日はストラスブールでのんびり、19日にパリにもどって市内を歩き20日午後8時発の飛行機で帰ってきた次第。
11日は午前中、日本人向けの市内観光バスに乗りましたが、この建物は日本で言うとちょうど鎌倉時代に建てられたもの、これは室町時代ですね、と言う案内に面白いなと思いつつ石の文化のもたらす意識とは、なんて考えながらバスに揺られてました。
大都市の割に空が広いなと思ったのは、高いビルがないからでしょう。眠気と戦いながらでしたが、市内の要所を知るには案外手軽な手だてでした。

午後TGVに乗って早速アビニヨンへ、ゴッホの世界に浸るのが我がパートナーの狙い。ただこれを遂行するには問題ありでした。主な荷物をパリのホテルに預けて行くつもりだったのですが、ホテルは12時間しか預からないといいます。テロの頻発以来荷物を預かりたがらないのだそうで、姪のパートナーが見つけてきてくれたリヨン駅の荷物預かり所(9ユーロで3日間預かる、荷物はきちんとセキュリティーチェックを行う)に二つのスーツケースを預けました。
アビニヨンはローマ教皇庁があった時もあるところで、城壁に囲まれた小じんまりした町ですが、行った時はちょうど世界中の大道芸の人たちが集まるフェスティバルが開かれていて、町は賑わっていました。
続きは次回に

2010年7月7日水曜日

試験管を使ったポンポン船

今年3月に市立博物館でポンポン船を子どもたちの遊びのプログラム入れることになった時、メカニズムが見やすいから試験管を使ったポンポン船を教材にしたいと思ったのだが、ガラスは危険と言うことで没になった。その時、お仲間からパイロセラムの試験管を少々いただいていたので、せめてデモ用のものを作りたいと考えていた。今日の午後ちょっと試してみた。

舵もついてないし、船体などいろいろ工夫が必要だが、試験管内で水蒸気が出来て、アルミパイプ後端から水蒸気が出て、水が入っていくのが分かりやすいのではないかと思う。多分パイプの太さを検討した方がいいかも。
燃料は和食屋さんなどで使う固形燃料のかけらを使ってます。

2010年7月3日土曜日

おもちゃの病院:横山子どもセンター

久しぶりに写真を撮ったので、おもちゃの病院横山子どもセンターからです。
おもちゃ”医師”が5人もそろって、誰も来なければ、とんだ事だねと思っていたら、二人の男の子を連れたお母さんが4つも持ち込んでくれて十分楽しめました。
左の写真の右の”医師”の陰に隠れてますが、このお母さんなかなか熱心で、しかもはきはきしていて、二人のおもちゃ医師のやり取りに加わってこうしたら、ああしたらと・・。我々の寸評;「そのうち自分でなおし始めるよ」でした。なかなか良いぞー!! 
幼稚園年中組と1年生にしてはしっかりしてそうで、しかもやんちゃ盛りの男児二人を育ててるんだから、コウナルカモと観察するのもまた楽しです。
右は別のお母さんが、カタカタ音がでなくなっちゃった手押し車を持ってきました。おじいちゃんたち楽しそうでしょう?なおったら、お母さんの歓声とともに、抱っこから降りた坊やが、カタカタと手押し車を押してにっこり満足げに歩き出しました。