2010年1月1日金曜日

見果てぬ夢、初夢で

新年おめでとうございます。
JAXAが宇宙の美しい写真をネットのグリーティング・カード集に乗せているのに出くわし、眺めています。もっともNASAに行けばもっとたくさんあるのでしょうが。ちょっとだけ見繕って載せさせてもらいます。宇宙船に乗って宇宙を旅したいものですが、見果てぬ夢でしょうね。今夜あたり、宇宙をめぐる夢を見たいもの。

上はキャッツアイ星雲NGC6543。約3000光年かなたにある惑星状星雲だそうです。(ハッブル宇宙望遠鏡より)
右はオリオン座の剣のあたりに輝くオリオン大星雲。冬の夜空を彩る有名な大散光星雲です。



左はステファンの五つ子。地球から3億光年離れたペガスス座の方向にある銀河群だそうです。(ジェミニ北望遠鏡より)光の速さで行って、3億年かかる。フームです。


右は惑星状星雲 NGC675(ハッブル宇宙望遠鏡より)どれだけ遠いんだか知りません。

こういった地域から発する電磁波を捉えて調べることによって、地球上にない分子(星間分子)を発見できるのです。気体の濃度が地球上に比べてすごく小さいので、分子がぶつかって反応を起こす機会が少なく、地球上では反応によって変化してしまって安定に存在し得ない分子も、宇宙では長い寿命で存在し得るためです。これを通じて物質の進化過程を予測する材料として使えるのです。また地球に沢山ある分子の情報も得られます。よく知られた分子がどれくらいの濃度で存在するかということも分かります。

2009年12月31日木曜日

冬の雲間

昨夜まで三晩、町内会の防犯防火の夜回りをしました。昨晩はほぼ満月。オリオン座のそばにいて、オリオンの三つ星がぼんやりしか見えませんでした。シリウスはさすが負けてませんでした。こんなときしか夜空を見なくなっちゃったんだなーと、しげしげと見ていました。

今朝は晴れていたのですが、ほんの一時でしたが、昼間急に曇り、南の方の雲の様子が今にも雪となりそうなふんわりした垂れ下り方。陽光は雲間からちょっと漏れてるのみ。

久方の 光さし来る 雲間には
 冬将軍の 忍び寄るらし (権兵衛)

なんちゃって。下手の横好きです。


本年は忙しくなってしまって、ブログ更新もままならなくなりました。来年も同じかも知れませんが、気がつくことがあれば書いていこうと思います。
皆さまにとって、よいお年となりますように。

2009年12月19日土曜日

おもちゃ病院:上溝南子どもセンター


これまで不定期に年2回だけ開院されていた、上溝南子どもセンターでのおもちゃの病院。今月から偶数月の第3土曜日に定期的に開院することになりました。
今日は数件のおもちゃが来院しました。
右の写真は、待ち望んでいたような光景。おもちゃ医師の前に沢山の子供たちが修理の様子を覗き込んでいます。これぞ、おもちゃ病院が望む光景です。液漏れでだめになった電池をつけたままのおもちゃも来院。「電池はね、お猿さんと違って、お尻が赤くなっちゃうとダメになっちゃうんだよ」なんて話しながら直してる好々爺医師。
12時に病院を閉じて、子供クラブの児たちからキャンディーをプレゼントされて、おもちゃ医師達は相好を崩して帰ってきました。

2009年12月12日土曜日

新しい相模原アクリル淡彩スケッチ100景

という、加藤忠一氏の個展が市民ギャラリー(相模原駅のところ)で行われている。同氏とは初めて面識を得たが、ちょっとしたことで、かなり前から互いに名前を知り合う関係にあった。今日会場を訪ねて、絵を見せていただいた。すぐに乾いてしまうので、大きな絵は描けないとのことだったが、水彩画とは似ていて、つやというか、どこか違う。
絵を見ながら進むと、おや、どこかで見たようなという景色がどんどん出てくる。それもそうだった、仲間のNさんやOちゃんがたくさん紹介して下さった写真の景色と重なる。
油絵から転身してアクリル淡彩を考え出したとのこと。ご興味あればご覧になってはいかがでしょう。

2009年12月4日金曜日

結露の季節:網戸の効用(2)

今朝はしばらくぶりに窓に結露しました。11月20日に当ブログに、網戸が前にある窓と、ない窓で結露の仕方が違うと報告しました。もう一度その写真を左に載せます。クリヤーな右の窓の前には網戸があり、左の窓にはありません。
お仲間の一人から、気になるので、網戸の位置を逆にしたらどうなるか、検証して!と注文がつき、なるほどなるほどと網戸の位置を変えて待っていました。

下の写真は今朝撮った写真で、今度は左の窓の前に網戸があり、右の窓の前に網戸がありません。
11月20日と条件(室内外の湿度差、温度差)は同じではないでしょうから、定量性を持った議論はできませんが、はっきりと傾向の差は出ましたね。
なお、写真中、横向きの桟の下は両方とも曇って見えますが、これは曇りガラスですので差が見えません。紛らわしくってすみません。

2009年12月3日木曜日

姫路城

姫路城が改修のためすっぽり覆われてしまうらしい。改修後の姿も楽しみだが、再見できるかどうか分かったものでもない。(西の丸の建物の改修はすでに始まっていた。)いい時に来たもんだと、じっくり眺めてきた。千姫も西の丸に住んだという。その西の丸からの天守閣の眺めが格別である(写真左)。

天下人になる直前の秀吉がまずここを本拠とするつもりで城を増改築、山側にあった道、山陽道?、を曲げて、姫路を通るようにし、城下町の形成を図ったとのこと。その後、家康の意を受けた池田輝政が大改築を行った。江戸時代に入ってからは徳川家の重臣中の重臣や親藩たち、本多、松平、榊原、酒井が入れ替わりでこの城を預かった。西国に対する備えの前線拠点という意味があったのだろう。


本丸、天主閣に至るには、下から螺旋状にぐるぐる回らないといけないようにできていて、急に門のところで狭くなったり。まあ取り巻かれてしまえばおしまいだろうけど、簡単には落ちないように設計されている。

世界遺産という事であるが、天主の窓の前にある格子(?)はコンクリだった。長い期間の保存を考えると、いたしかたないのかな?

内堀の外の西側にある好古園もなかなかいいお庭で楽しめた。写真をクリックすると大きくなります。

西国霊場第27番書写山円教寺

姫路は西国霊場第27番書写山円教寺へ。Tさんがこのお寺の訪問記を記しておられたような気がするが、間違いかも。姫路駅から北西にバスで約30分、終点からロープウェイ、窓からの紅葉がなかなか素晴らしかった。山頂駅付近に和泉式部のことを書いた看板がだいぶ出てたが、和泉式部とのかかわりが強いらしい。
山中を走るマイクロバスで(つれあい殿が足を痛めてなかったら、ロープウェイ山頂駅から歩いたのだが。マイクロバスでは・・・・・)京都の清水さんのような舞台式のお堂のそばに到着。お堂では般若心教を唱えるグループがあり、私も後ろでそっと暗唱。

そこから奥へは徒歩。お坊さんたちが寝起きしたという食堂(”しょくどう”でなくって”じきどう”だそうで)。このお寺の縁起絵巻を前日まで展示していたとのこと、残念。毛筆で書いた和泉式部の歌をあーだこうだと”解読”。仏像群、鬼がわらなどが展示されている。武蔵坊弁慶とのかかわりもあるとかで、ほかにも沢山お堂があるが、ここから引き返した。
深山の中のお寺、修行をするにはもってこいのような所で、霊場と云うに相応しいような気がした。