昨年93歳で亡くなった関根順三さん。日本球界の話だが、オールスター戦のファン投票で、投手と外野手の両部門で同時に第一位に選出された最初の人。
大谷翔平君のようにホームランバッターではなかったが、自分のヒットで勝利投手になったなんて話を読んだか聞いたかした記憶がある。
残念ながら近鉄(今の楽天の前身球団)と云う弱小球団に属したこと、ホームランバッターではなかったので、あまり目立たず、語り継がれていないが、ピッチャーで中軸を打つプレイヤーとして素晴らしいプレイヤーだなと思っていた記憶がある。川上の読売ジャイアンツ監督としてのV9の最初の年、彼はジャイアンツに外野手として招かれて、活躍した。そして引退後、幾つかの球団にコーチや監督として招かれ、多くの優れたプレイヤーを育てた。野球の殿堂入りを果たしている。
大谷君の凄さには到底及ばないように思うが、昔、こういう人がいたことを記憶しておきたいものだ。
私には野球界が二刀流を永い間封印してきたように見える。大谷君が二刀流をやるとチャレンジを始めたころ、やめときゃいいのに、何やかんやネガティブなコメントをした重鎮と目される人たちがいたが、だいたい、高校野球でピッチャーで4番バッターなんてことはざらにあること。このような才能の人が(強靭な体力を要するでしょうが)チャレンジしたらいいのではないかと思う。大谷君とその背中を押した日本ハムの前監督、栗山氏に敬意を表しつつ。
2021年11月16日火曜日
2021年2月25日木曜日
公僕;国民の召使。
公務員は公僕という立場。国民の召使である。
にもかかわらず、国民にこっそりと、ある特定 のグループの接待を受ける。これ何事かと叱責を受けるのは当然、 減給なんてナマッチョロイ。 主人たる国民の待遇に不満なのだろうから、他所へ行って給料をもらへば良い。
さっさと辞めて、 接待を受けたところへ行けば良いのである。
にもかかわらず、国民にこっそりと、ある特定 のグループの接待を受ける。これ何事かと叱責を受けるのは当然、 減給なんてナマッチョロイ。 主人たる国民の待遇に不満なのだろうから、他所へ行って給料をもらへば良い。
さっさと辞めて、 接待を受けたところへ行けば良いのである。
2020年4月30日木曜日
駄作二首 君・コロナ II
コロナ禍の さなかに桜花 ちりにしを
いざ愛でむ君 ハナミズキの花
ハナミズキ 弥生皐月に 白くはゆ
君去る時は コロナ伴へ
これは無理のようですね。とても短距離走のようなわけにはいかず1万メートル、マラソン(4万1千メートル) に譬えて言う方が多いですね。一番の問題はワクチンがないことなのでしょうが。
いざ愛でむ君 ハナミズキの花
ハナミズキ 弥生皐月に 白くはゆ
君去る時は コロナ伴へ
これは無理のようですね。とても短距離走のようなわけにはいかず1万メートル、マラソン(4万1千メートル) に譬えて言う方が多いですね。一番の問題はワクチンがないことなのでしょうが。
2020年4月18日土曜日
レオナルド・ダ・ビンチを楽しもう
閉じこもっていて疲れますねー。「飽くなき探究心」と「尽きることのない独創性」を発揮して
素晴らしい業績を残したレオナルド・ダ・ビンチの独創性の足元にも及ばないので、ちょっと
いたずらを考えました。でもいきなりいたずらは品が無いので、一寸レビューしましょう。
レオナルド・ダ・ビンチと云えばルネッサンス期の絵画の巨匠ですが、「音楽、建築、数学、 幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、 土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した」とされています。音楽、どんな業績を 残したのでしょうね。このブログでも、ダ・ビンチ展を見た感想を述べたのでした。
ダ・ビンチ ~モナ・リザ25の秘密~という展示。
日伊国交樹立150周年記念 特別展でした。
いずれも絵画が主題なのですが、私は理工学上の寄与や。人を描くために解剖までしたというその探求心に圧倒されました。 巨大な橋梁を作る論述に基づいた模型に感動したり、500年前に既にベアリングや歯車を考えていたなんて。ただただ感激したことを思い出しました。 早すぎた生誕! (疲れました?でも、もう一寸頑張って)
「プロポーションの法則」とか「人体の調和」と呼ばれる左の絵は、古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスの『建築について』の記述をもとに、レオナルド・ダ・ヴィンチが1485~1490年頃に描いたのだそうです。幾何学的な表現ですね。
もういいですね。この辺にしましょう。どうぞ、左の写真をクリックしてみてください。
ビンチ村のレオナルドさん、お許しあれ。 アッ皆さん、マスクを装着するときは口だけでなくお鼻にもかぶせましょう。そして頬のところも空気が漏れないように接しておきましょう。
多分変なぶっ壊し絵を見て疲れましたでしょう。最後に体操、いや水泳かな動画をどうぞ。
お疲れさまでした。明日はよい日でありますように。
レオナルド・ダ・ビンチと云えばルネッサンス期の絵画の巨匠ですが、「音楽、建築、数学、 幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、 土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した」とされています。音楽、どんな業績を 残したのでしょうね。このブログでも、ダ・ビンチ展を見た感想を述べたのでした。
ダ・ビンチ ~モナ・リザ25の秘密~という展示。
日伊国交樹立150周年記念 特別展でした。
いずれも絵画が主題なのですが、私は理工学上の寄与や。人を描くために解剖までしたというその探求心に圧倒されました。 巨大な橋梁を作る論述に基づいた模型に感動したり、500年前に既にベアリングや歯車を考えていたなんて。ただただ感激したことを思い出しました。 早すぎた生誕! (疲れました?でも、もう一寸頑張って)
「プロポーションの法則」とか「人体の調和」と呼ばれる左の絵は、古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスの『建築について』の記述をもとに、レオナルド・ダ・ヴィンチが1485~1490年頃に描いたのだそうです。幾何学的な表現ですね。
もういいですね。この辺にしましょう。どうぞ、左の写真をクリックしてみてください。
ビンチ村のレオナルドさん、お許しあれ。 アッ皆さん、マスクを装着するときは口だけでなくお鼻にもかぶせましょう。そして頬のところも空気が漏れないように接しておきましょう。
多分変なぶっ壊し絵を見て疲れましたでしょう。最後に体操、いや水泳かな動画をどうぞ。
お疲れさまでした。明日はよい日でありますように。
2020年4月10日金曜日
2019年2月15日金曜日
”撤回”
政治家の不適切発言に対する撤回騒ぎが多すぎないか?
何時だったか、弁護士資格を持つ防衛相が、法律違反に関わる発言をして、撤回して済ませた。 その時思ったことは、我々が自動車を走らせてスピード違反をとがめられたら、すぐさま撤回 と叫べばよいのだと思ったことだった。
今度のオリンピック担当相の発言、どれほど人の心を深く傷つけたことか。それに対する 追及が生ぬる過ぎる。並みの質問では堪えないような人だと感じた。「あなたの顔をぶん殴って、不適切な行為だった、 撤回すると言って済ませようとしたら、貴方はそれを不問にふすのか?」と問うたら、どう答えるだろう。
本当にノーテンキである。
何時だったか、弁護士資格を持つ防衛相が、法律違反に関わる発言をして、撤回して済ませた。 その時思ったことは、我々が自動車を走らせてスピード違反をとがめられたら、すぐさま撤回 と叫べばよいのだと思ったことだった。
今度のオリンピック担当相の発言、どれほど人の心を深く傷つけたことか。それに対する 追及が生ぬる過ぎる。並みの質問では堪えないような人だと感じた。「あなたの顔をぶん殴って、不適切な行為だった、 撤回すると言って済ませようとしたら、貴方はそれを不問にふすのか?」と問うたら、どう答えるだろう。
本当にノーテンキである。
2018年6月13日水曜日
馬はくわないと言う!
この頃、「ビジネスモデル」とか、「経済効果」とか、お金にまつわる話が巷間に溢れていて、辟易している。それも、先見性のある話ならまだしも、目先の効果にとらわれてる話が多い。オリンピックだって、スポーツの祭典とみるより、目の前で発生する経済の効果が語られることの方が多く、本末転倒に感じて、この頃のオリンピックには興味が薄れてしまった。
そんなことをふと思ったのは、トランプ大統領の経済にのみ偏ったやり方に、何ともやりきれなさを感じたからか。
金で思い出したことがある。 私が若いころ、父が自分が学生時代、同じ下宿にいた学生の話をしばしばした。台湾から来ていた金持ちの家の学生の話である。全く金持ちらしくない生活をしていたとの事。
父はチェロを弾くのを楽しんだらしいのだが、「セロを弾くと、やかましくって勉強ができない」と、彼が抗議に来たことを独特の言い回しでしゃべっていた。
台湾から来た学生に関する父の回想の中で、今でも時々思い出すことに、「金か、金は馬に食わすほどある。しかし、馬は食わんと、こう言う。」だった。自分を馬に譬えたのかどうかは知らない。金で儲けるなんて卑しいことととは言わないが、そんな気風があった昔が懐かしい。ましてや貯めるものか?うまく使って社会全体をずーっと住みよくするという素朴な考えはどこへ行ったのだろう。
そんなことをふと思ったのは、トランプ大統領の経済にのみ偏ったやり方に、何ともやりきれなさを感じたからか。
金で思い出したことがある。 私が若いころ、父が自分が学生時代、同じ下宿にいた学生の話をしばしばした。台湾から来ていた金持ちの家の学生の話である。全く金持ちらしくない生活をしていたとの事。
父はチェロを弾くのを楽しんだらしいのだが、「セロを弾くと、やかましくって勉強ができない」と、彼が抗議に来たことを独特の言い回しでしゃべっていた。
台湾から来た学生に関する父の回想の中で、今でも時々思い出すことに、「金か、金は馬に食わすほどある。しかし、馬は食わんと、こう言う。」だった。自分を馬に譬えたのかどうかは知らない。金で儲けるなんて卑しいことととは言わないが、そんな気風があった昔が懐かしい。ましてや貯めるものか?うまく使って社会全体をずーっと住みよくするという素朴な考えはどこへ行ったのだろう。
2018年5月31日木曜日
見栄は張るけど、誇りも正義感もない。
彼の方は、「関与」という言葉を「金銭の授受」だけを指すかのように言い換えた。まあ金銭授受以外での関与が暴かれても、安全であるように逃げたと言えて、語るに落ちたとも言えるが、見栄を張っただけなんだなと思った次第。
だけど、実に情けないのは、首相と言うとても責任の重い名前を騙られて、「怒る理由がない。」とは!この人、首相という地位にいる自覚が全くないのではないのか?この話は個人の域を超えた話であり、「首相」という重い責任を負った名前を騙られたのだ。
個人が貶められただけなら、怒るか怒らないかその人の思いでよかろう。「首相」という地位を貶められて、過去、未来の首相に対して強い責任を感じないのであろうか?
正義感、「首相」という重い責任の地位を占めている誇りも無いのであろうか。
だけど、実に情けないのは、首相と言うとても責任の重い名前を騙られて、「怒る理由がない。」とは!この人、首相という地位にいる自覚が全くないのではないのか?この話は個人の域を超えた話であり、「首相」という重い責任を負った名前を騙られたのだ。
個人が貶められただけなら、怒るか怒らないかその人の思いでよかろう。「首相」という地位を貶められて、過去、未来の首相に対して強い責任を感じないのであろうか?
正義感、「首相」という重い責任の地位を占めている誇りも無いのであろうか。
2018年2月10日土曜日
2018年1月25日木曜日
Speak out "Me too!" in 相撲
今度は春日野部屋ですか。尤もだいぶ前の事らしいが、時津風事件より後のこと。今頃出てくることに違和感があるが、公益の法人としては公表すべきことだった。
公益の法人という枠の中で、一企業としての大相撲協会とはどうあるべきか、あまり深く考えたのではなくって、どうごまかすかと苦心して来たのかなと思わざるを得ない。相撲文化は重要だと思う。だけど拳骨で守る伝統が公益の法人の中でまかり通っては、公益の名が廃る。
一度はガタガタになったっていいのではないかと思う、やられた経験者、Me too!、と声をあげるとよいと思う。大相撲協会の運営中心の全員の頭をクリーンアップするのに資すること大と思う。
大変難しいことかもしれないが、相撲道の伝統はしっかり守って、協会の運営はその時代の組織運営のあり方に即して実施すべきと思う。
いやいや、やりたい放題やりたいというのなら、公益の法人から離れて、おやりになったらいいと思うが。
公益の法人という枠の中で、一企業としての大相撲協会とはどうあるべきか、あまり深く考えたのではなくって、どうごまかすかと苦心して来たのかなと思わざるを得ない。相撲文化は重要だと思う。だけど拳骨で守る伝統が公益の法人の中でまかり通っては、公益の名が廃る。
一度はガタガタになったっていいのではないかと思う、やられた経験者、Me too!、と声をあげるとよいと思う。大相撲協会の運営中心の全員の頭をクリーンアップするのに資すること大と思う。
大変難しいことかもしれないが、相撲道の伝統はしっかり守って、協会の運営はその時代の組織運営のあり方に即して実施すべきと思う。
いやいや、やりたい放題やりたいというのなら、公益の法人から離れて、おやりになったらいいと思うが。
2017年12月20日水曜日
横審メンバーの品格は?
委員長なる人の会見では横綱の品格に関してまるで人ごとのように話していた。品格が問題になるような人を横綱に推挙したのは横審ではなかったのか?
白鳳を横綱に推挙した横審のメンバーは今のメンバーとは違う。しかし、白鳳を横綱として推挙したのは横審という組織である。メンバーが違ったって、横審という組織の責任は消えない。そうでなくっては横審という組織への信頼感は全くなくなってしまう。
現在のメンバーは、そんな組織論の初歩が分からない人々ではないような気がするが。横審の責任には頬かむりを決め込んでいる。横綱の品格を論じるべき人々からなる組織としては如何なものかと云いたい。横審そのものを自ら戒める言葉があるべきだった。横審のメンバーの品格はどこへ行ったのだろうか?
追伸;12月21日の朝日新聞朝刊、19面に北村委員長が次のようなことを言ってるとの報道があった。
「横審には品性について調査する力量も権限もない。協会が(品性があると)判断した上で諮問しているのを前提に推挙している。日馬富士が品性がよろしくないという判断はできなかったし、立派な人物だという人がたくさんいる」
「成績は条件を満たしている、公益財団法人日本相撲協会がその品格を保証している。だから推挙する」と言っている。 これを了として、公益財団法人日本相撲協会の内部問題と言っちゃって良いのでしょうかね。「公益」という文字は外した方がスッキリするような気がしてならない。
白鳳を横綱に推挙した横審のメンバーは今のメンバーとは違う。しかし、白鳳を横綱として推挙したのは横審という組織である。メンバーが違ったって、横審という組織の責任は消えない。そうでなくっては横審という組織への信頼感は全くなくなってしまう。
現在のメンバーは、そんな組織論の初歩が分からない人々ではないような気がするが。横審の責任には頬かむりを決め込んでいる。横綱の品格を論じるべき人々からなる組織としては如何なものかと云いたい。横審そのものを自ら戒める言葉があるべきだった。横審のメンバーの品格はどこへ行ったのだろうか?
追伸;12月21日の朝日新聞朝刊、19面に北村委員長が次のようなことを言ってるとの報道があった。
「横審には品性について調査する力量も権限もない。協会が(品性があると)判断した上で諮問しているのを前提に推挙している。日馬富士が品性がよろしくないという判断はできなかったし、立派な人物だという人がたくさんいる」
「成績は条件を満たしている、公益財団法人日本相撲協会がその品格を保証している。だから推挙する」と言っている。 これを了として、公益財団法人日本相撲協会の内部問題と言っちゃって良いのでしょうかね。「公益」という文字は外した方がスッキリするような気がしてならない。
2017年11月29日水曜日
はは、のんきだねー
この頃、テレビで気になるのが、ある一団体の内紛問題ばっかり。
スイッチを入れるとどこかの局でこれをやっている感じ。そうでなきゃ面白おかしい話ばっかり、
という印象である。
”蕎麦”の問題があるでしょうに、モリ・カケが!そして国際的な問題が! 我々を取り囲むいろんな環境(宇宙も情報も含む)の問題があるでしょうに。
昔は新聞等のメディアは大衆に対する啓蒙的存在であった。誰でもが喜んで 読んだり見たりしないことを前面に出して報道していた。
今や大衆の視聴率を気にして、骨のないふらふらした存在になっている。 大衆に媚びを売ってるのではないかと感じることもある。
こんなの沢山いらないねと言われないために、もっともっと守備範囲を広げて各局特徴を 出す必要があるのではないか?電波の無駄遣い、紙の無駄遣いと言われないために。
”蕎麦”の問題があるでしょうに、モリ・カケが!そして国際的な問題が! 我々を取り囲むいろんな環境(宇宙も情報も含む)の問題があるでしょうに。
昔は新聞等のメディアは大衆に対する啓蒙的存在であった。誰でもが喜んで 読んだり見たりしないことを前面に出して報道していた。
今や大衆の視聴率を気にして、骨のないふらふらした存在になっている。 大衆に媚びを売ってるのではないかと感じることもある。
こんなの沢山いらないねと言われないために、もっともっと守備範囲を広げて各局特徴を 出す必要があるのではないか?電波の無駄遣い、紙の無駄遣いと言われないために。
2017年6月3日土曜日
?!美しい国!?
上に立つものが、方向性を示して、「自分が責任を持つからすすめよ」
というのであれば、つまらぬ忖度など生じない。そうでないから、ガタガタと続く。見るに堪えない状態を作り出す。
これが首相が云った”美しい国”の姿か?呆れて、ナニオかいわんやである。
本来なら自分に強くかかわる者には厳しく対応せよと指示を出してこそ、”美しい国”のリーダーだと思うが。
それにしても、一向に支持率は下がらない、日本人も呆けてしまったのか?
これが首相が云った”美しい国”の姿か?呆れて、ナニオかいわんやである。
本来なら自分に強くかかわる者には厳しく対応せよと指示を出してこそ、”美しい国”のリーダーだと思うが。
それにしても、一向に支持率は下がらない、日本人も呆けてしまったのか?
2016年7月15日金曜日
今更2/3論議
選挙が終わって、改憲勢力が2/3に達したといって、マスメディアでも騒いでいるが、今更の感がある。
もっと早くから、普段からやらにゃーならなかったこと。昔の新聞やラジオはずいぶんと国民を啓発する、啓もう活動をきちんとやってきていたが、極論するようではあるが、今や愚民化活動に重きをおいているようにすら見える。
参院選の前から、新聞やTVのアンケートの結果が出ていたが、憲法論議よりも経済を重視して投票するという人たちの数が多かった。 私は日本国民も、そこまで落ちたかと思った。つまりは形而上の事より形而下の事の方が大事というのだ。
憲法はいったん決まれば、そう簡単に変えることはできない。経済は施策によって変わるもの、有限の物をどう分配するかという話。要するに何処を膨らませて、何処をへこませるかというような話で、憲法のような問題に比べれば小手先の事なのだ。
参議院議員の任期は6年もある。目先のことを判断基準にして選んではいけないのだ。
「人はパンのみにて生くる者に非ず」、今の物質礼賛社会では死語となってしまったのだろうか。
参議院というのは衆議院のチェック機関だという。でも、いまや、ミニ衆議院と化し、チェック機能など働かないようになっている。私が選挙権を得たころでも、参議院は政党色が濃かったけれども、議員の自分たちの立場に対する見識は高かったように思う。決して衆議院が参議院より優位にあるなどという意識はなかったし、チェック機能は少しは働いていた。少なくも今のような参議院の姿は意味がない。
参議院の前身は貴族院で、民衆から選ばれる衆議院に対して、貴族院があり、貴族院が当時の体制を急激に変化させないようなチェック機関だったのだろう。 今の衆議院は、民衆から選ばれるといっても政党に縛られた連中から選ばれる。いっそのこと、そのチェック機関としての参議院を機能ならしめるために 参議院から政党を一切締め出し、政党に何の関係もない人しか立候補できないようにしてはどうだろう。そんな気がしてきた。 政党人にお金で釣り上げられないような仕掛けはつけないといけないが。
参院選の前から、新聞やTVのアンケートの結果が出ていたが、憲法論議よりも経済を重視して投票するという人たちの数が多かった。 私は日本国民も、そこまで落ちたかと思った。つまりは形而上の事より形而下の事の方が大事というのだ。
憲法はいったん決まれば、そう簡単に変えることはできない。経済は施策によって変わるもの、有限の物をどう分配するかという話。要するに何処を膨らませて、何処をへこませるかというような話で、憲法のような問題に比べれば小手先の事なのだ。
参議院議員の任期は6年もある。目先のことを判断基準にして選んではいけないのだ。
「人はパンのみにて生くる者に非ず」、今の物質礼賛社会では死語となってしまったのだろうか。
参議院というのは衆議院のチェック機関だという。でも、いまや、ミニ衆議院と化し、チェック機能など働かないようになっている。私が選挙権を得たころでも、参議院は政党色が濃かったけれども、議員の自分たちの立場に対する見識は高かったように思う。決して衆議院が参議院より優位にあるなどという意識はなかったし、チェック機能は少しは働いていた。少なくも今のような参議院の姿は意味がない。
参議院の前身は貴族院で、民衆から選ばれる衆議院に対して、貴族院があり、貴族院が当時の体制を急激に変化させないようなチェック機関だったのだろう。 今の衆議院は、民衆から選ばれるといっても政党に縛られた連中から選ばれる。いっそのこと、そのチェック機関としての参議院を機能ならしめるために 参議院から政党を一切締め出し、政党に何の関係もない人しか立候補できないようにしてはどうだろう。そんな気がしてきた。 政党人にお金で釣り上げられないような仕掛けはつけないといけないが。
2016年6月25日土曜日
易しく、分かりやすい話
「あの人の話は分かりやすくってよい」ということをしばしば聞く。そういう時、内容によるのだが、私はその人の話を注意深く聞くか、無視するかどちらかを選択する。
分かりやすいということ、それは、多くの場合だが、込み入ったことは省き、易しい言葉で、搾って話してくれることが多い。そんな場合、重要な情報をそぎ落としたり、時に正確さを失ってしまうことが往々にして起こるものだ。
易しい言葉でわかりやすい話というのは用心を要するのだ。複雑で重要な問題ほどそうである。
さっと聞き流してもいい程度の内容ならいざ知らず、重要な問題ほど、回りくどくっても、正確に話そうとする人の話の方が信頼できる。分かりにくくっても、質問は許されるはずと思うからである。
分かりやすいということ、それは、多くの場合だが、込み入ったことは省き、易しい言葉で、搾って話してくれることが多い。そんな場合、重要な情報をそぎ落としたり、時に正確さを失ってしまうことが往々にして起こるものだ。
易しい言葉でわかりやすい話というのは用心を要するのだ。複雑で重要な問題ほどそうである。
さっと聞き流してもいい程度の内容ならいざ知らず、重要な問題ほど、回りくどくっても、正確に話そうとする人の話の方が信頼できる。分かりにくくっても、質問は許されるはずと思うからである。
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