2011年5月5日木曜日

シミオナート一周忌

今日は丁度シミオナートの一周忌。今年1月に二回シミオナートを取り上げたが、再びシミオナートを偲んで。
いろいろ物議を醸すNHKだが、素晴らしい文化事業をやってくれた。戦後漸く人々の生活が安定し始めた頃、昭和31年(1956年)にイタリヤ歌劇団を呼んできた。
今でこそオーケストラの演奏が出来て、しかも同時に舞台で歌い演じ、バレーも出来る奥行きのある立派な劇場が国内にいくつかあるが、当時は全くなかった。それでも挙行された。
「オペラハウスもないとこなんて」と某超有名歌手は来なかったなんてこともあったらしいが、イタリアの国宝的歌手と言われたメゾソプラノのシミオナートは来てくれた!そしてNHKが招いたイタリア歌劇団は昭和51年までの間に8度におよぶ。その内前半4回にシミオナートは来ている。かかわった演目と役どころは
1956 アイーダ(役アムネリス)、フィガロの結婚(役ケルビーノ)
1959 カルメン(役カルメン)
1961 アイーダ(役アムネリス)、カヴァレリア・ルスティカ―ナ(役サントゥッツァ)
1963 イル・トロヴァト―レ(役アズチェーナ)、セヴィリアの理髪師(役ロジーナ)
このうちの幾つかの片鱗は1月の当ブログ偉大なメゾソプラノ シミオナート(Giulietta Simionato)に引用した動画からも見ることが出来る。
1956年、1959年は東京は東京宝塚劇場や産経ホール、大阪では宝塚大劇場、2年目は新たに出来た大阪フェスティバルホール、1961年の3回目から、上野に出来た東京文化会館と大阪フェスティバルホールで行われた。
1956年当時は私は中学3年生、まだ関心を持っていなかった。母が話題にしてた事を思いだすのみ。
1959年には、シミオナートがカルメンのタイトルロールを演じているのをテレビで見た。マリオ・デル・モナコがドン・ホセで、この二人の素晴らしい声に圧倒された。
1961年には大学生になっていた私は何とか頑張って切符を買うことが出来たが、デル・モナコとテバルディーのアンドレア・シェニエで、シミオナートの舞台は二つともテレビで観劇。
1963年に念願かなって、やっとシミオナートの舞台(セヴィリアの理髪師)を生で見聴きすることが出来た。シミオナート53歳。気品あふれる舞台は忘れがたい。
セヴィリアの理髪師でのシミオナートの演奏をYou Tubeからバスティアニー二(バリトン)とミッシアーノ(テノール)との重唱(クリック)シミオナートによる詠唱(クリック)を引用しよう。
1965年、シミオナートは55歳でサッと引退してしまった。最高の状態で引くという美学なのだろう。引退してからは後進の指導をされたらしい。昨年あと1週間生きれば100歳の誕生日を迎えるという5月5日に他界された。

2 件のコメント :

木の実 さんのコメント...

権兵衛さんは、シミオナート引退の2年前の舞台を生でご覧になったのですね。
素晴らしい体験をなさいましたね。
歌を歌われる方は、長生きされると聞いていますが、100歳目前まで生きられたなんて、凄いです。

権兵衛 さんのコメント...

ラッキーでした。引退後の写真もネットに見ることが出来ますが、あんなに美しく年を重ねることが出来るなんて、と感嘆の思いでした。

短命もいるんですよ。デル・モナコは早く逝ってしまいましたし、アメリカの名バリトン、ウォーレンにいたっては全盛期に舞台の上で横死してしまいました。

無理ないように歌ってください。