社会が混乱し、それにまつわるいろんな事象にかまけて忘れかけていた事に、国旗、国歌にまつわる処罰問題がある。6月28日の朝日新聞の争論と言うページに”君が代起立条例”が取り上げられ、野中広務氏と橋下徹氏の意見が掲載された。前者は条例にX、後者は条例にO。
野中氏と言えば、今は引退しておられるが、あるときは自民党、国政において中心的な働きをした人である。いろんな評価があるであろうが、私には氏が発した今も忘れない、一言がある。どういう問題を議論していたのかもう覚えていないが、「大政翼賛会のような事になってはならない」という趣旨の言葉だった。当時の権勢意のままに政治を手繰っていた自民党の重要人物の言葉だっただけに、忘れないのだが、このページにおいても、一貫した氏の意見を読むことが出来た。
一方、条例を推進する、橋下氏の議論はルールを軸にし一見目をひくが、実は底の浅い議論のように読んだ。
野中氏の意見は”「起立せなんだら処罰する」なんてやり方は権力者のおごり。教育者を処罰してまで従わせようというのは、国旗・国歌法の制定に尽力した者として残念です。”で始まる。国旗・国歌に関する法的根拠がないことが論点となって、教育委員会と教職員組合の板挟みとなり、ある高校の校長が自殺した。当時の官房長官として、氏は義務や罰則のない「国旗は日章旗とする」、「国家は君が代とする」という二つの条文からなる法律を作った。
野中氏は学校で国旗・国歌を教えて自然に浸透していってほしい、が、強要する筋合いのもんじゃない。各地の教育委員会が起立する、しないで教職員の処罰を繰り返していることを不本意と思っていると述べている。
実際、日本はアメリカ合衆国のように多民族が集まって暮らす国の場合と違っており、無理やり国旗に向かって起立させなきゃならない社会的事情があるのかどうか、自然に郷土愛が育まれて行くような教育は重要のように思うが。
昭和の初期の暗い戦争の時代に強く裏切られた思う人たちの中には日の丸・君が代にたいして、負の感情を抱く人がいることに、野中氏は思いをはせる。氏の中には、あの戦争の暗い記憶、国民が一色に染め上がってしまうようなことに対して、受け入れがたいものがあるようだ。「大政翼賛会のような事になってはならない」の発言と一致している。
野中氏は”日本人は一色に染まりやすい。小泉改革の時も、民主党が政権をとった時も、国中が熱病に侵されたようになってしまった。分かりやすい敵をつくり、徹底的にたたいて支持を広げるポピュリズム政治がはびこる土壌がある”と指摘する。
氏の議論は政治と教育にも及ぶが、それは置いておこう。
最後に、この条例に対して”決して些細なことだとは思はない。誰が立たなかったかチェックするなんて、そんな社会は嫌だねえ。橋下さんは発信力の強い人だけに、日本全体が悪い方向に変わって行かなきゃいいがなと心配してます。”と結んでいる。
全く同感です。こういう混乱した時期だからこそ、このご意見は大変重要と思ったしだい。