2009年4月14日火曜日

自作の篠笛演奏2;おぼろ月夜

このごろ現役の時と変わらないぐらい忙しくなり、笛の練習もなかなかできなくなってしまいました。竹田の子守唄を吹いたころよりほんのちょっとしか上達してませんが、おぼろ月夜を録音してみました。
写真は服部牧場の菜の花畑、残念ながら夕方でなくってお昼間の写真しかありません。徐々に夕闇深くなりますが、中津川フィールドの写真と、横山公園からの丹沢山塊の夕方の眺めです。





笛も2月以降4本作りました。そのうち1本はかっこいい、良い音の笛が出来るかと思ったのですが、指孔をあけてるさ中、一部が縦に割れちゃいました。惜しくって、アロンアルファで貼り合わせて、全ての指孔の間に糸できつく縛りを入れましたが、やっぱりイマイチです。管頭部がちょっと短くてカッコ悪いが音は良いと思えるのは、人ににあげました。残り二つは実験で普通より太めのと、細すぎので、細すぎは音が出しずらいです。

2009年4月10日金曜日

消えた新聞の風刺漫画

”新聞メディアの体たらく”と、どこかのTVプログラムで舌鋒鋭く批判している人がいました。要は批判精神が消えてると云うのです。 ふと、そういえば私がとっている新聞に風刺漫画を見ることもないな~と思いました。何時消えたか意識がないんですから、私も日常に流されていたな~と思う次第です。
こんな話に友人がコメントをくれました。

>あらためてA新聞を見て、風刺漫画がないことを発見し、漠然とながら
>風刺漫画にしばらくお目にかかっていないことに気づきました。昨年の
>12月のM新聞があったのですが、これにもありません。見てみぬ振りする風潮、
>批判精神の欠如、大勢に加勢する態度、体制におんぶに抱っこ、自己中心 等々
>の社会現象に立ち向かうべきジャーナリストがいないのか風刺の感性を持つ
>時事漫画家がいないのか、これらを喜ばない読者が多いのか興味のある問題ですね。 

皆さんどんな感想を持ちますか?ぜひ観測、感想をお聞かせ下さいませんか?


どこでどう社会が変わってきてしまったのか? その過激さに眉をひそめた大学紛争ではあったが、あのころの社会的雰囲気を懐かしさを持って思い出すのは私だけじゃないと思うのですが

2009年4月9日木曜日

カイドウ(海棠)もきれいに咲いてますね

横山公園の脇にカイドウ(海棠)も美しく咲いていました。6-7分咲きです。
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桜と同じバラ科ですが、趣は少し違います。桜より花びらのはかなさはなく強そう。色も濃い。しかしとても好きな花のひとつです。
今日は我が家からサポセンまで往復歩きました。間違いなく1万歩は超えてるでしょう。午後は中津川フィールドで久しぶりに笛の練習。そして水郷田名の桜も見てきました。明日あたり花吹雪を楽しめるでしょうね。

2009年4月2日木曜日

遠足

月2回木曜日に勉強会をしているグループの遠足です。桜を見んものと愛川公園―宮が瀬ダム―服部牧場―稲生―津久井湖と回ってきました。昨日とは打って変わってよく晴れた温暖な日和で、たのしく過ごしました。
桜並木をいざ出発             横浜方面(ランドマークタワー・・・)

子供たちがボヨンボヨン          角突き合わせて

稲生の桜。もう少しです

カタクリも                 城山の麓の桜

誰だっけ、片栗粉が・・・って言ったの。桜はもう2,3日後の方が良かったかもしれません。
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2009年4月1日水曜日

横山公園の桜

任意継続で入っていた健康保険が4月1日で資格喪失となるので、国保に加入することになり、出張所に出かけて手続きをしました。風邪気味なので急ぐわけです。その場で保険証を発行してくれるのはありがたいことですが、今までのに比べると、注意深く扱わないと今にも破損しそうで、恐る恐るしまい込みました。

帰りは横山公園経由で帰宅しましたが、屋球場裏あたりではもう8分咲きくらいの木も有りました。もう少し空が明るいと生えるのですが。やはり華やかなものですね。


道すがら見かけた枝垂れ梅じゃないかなと思うのですが。白とピンクの花が混在して、毎年のことながら目を引きます。

写真はクリックすると大きくなります。

2009年3月26日木曜日

沖縄にてー風景

台風が来ると居酒屋さんがもうかる話(バスガイドさんいわく);秒速25m以上の強い風が吹くと、バスがとまる。お勤めも当然のように休み。となると忙しくなるのが宴会部長さん。電話をかけ、三々五々仲間が集まって酒盛となるのだそうであります。居酒屋さんだけでなく、映画館、カラオケ店も賑やかになるのだそうで、なかなか楽しい県民性と言うべきでしょうか。


東支那海の海の色、南海の魚たち、首里城、平和の礎







沖縄にて

空港に着いてすぐとった昼食はNさんご推奨のソーキそば。そばと言っても、小麦粉で作っている。麺はどちらかと云うとうどんに近い。軟骨付きの豚肉が乗っており、ギトギトした感じだが、実にさっぱりとしており、ちょっと頼りない感じがしたので、泡盛(?)にとんがらしを漬けた液体を瓶からちょっとたらして、辛味を加えた。とても美味しい。

空港から那覇の町を通りぬけ、首里までモノレールが走っている。モノレールを建設するにいたった話:戦後、焦土と化したところに、とにかく人が住む家を建てる必要があり、都市計画もないままどんどんすすんでいった。その結果は狭いしかも連携の薄い道路網ができる。公共交通はバス、タクシー。そこでレール路線も検討に入ったが、道路や家屋がそんな状態にある故、地表は難しい、次に考えたのは地下鉄。ところが、地下は不発弾だらけで、危険で掘れない。その結果モノレールに落ち着いたとのこと。あの戦争の影が落ちてるんですね。

2泊3日のうち、二日目、三日目は定期観光バスで沖縄本島を巡り、九州以北とはかなり違う文物を見ることが出来た。しかし、ガイドさん明るく車窓からの景色を語ってくれるのだが、通り過ぎる町の面積の半分が米軍の基地であったり、黙認耕作地の話だったりが飛び込み、戦争の影は強い印象として残った。

ひめゆりの塔、記念館:知覧特攻記念館を訪れた時と同じ印象を持った。彼女らの慟哭は強く胸に迫る。しかし、彼女らを、そのような境涯に押しやった人々にも慟哭があるだろうに、そういう慟哭は一切聞こえてこない。

一家全滅してしまった家があった場所はそのままで、家は建てられていないという話。
平和の礎、その地から眺める太平洋と波に洗われる断崖。

歴史と云うものは跡が必ず残る。そしてその後の事象の出発点。決して消え去り得ないものなのであろう。