2012年8月25日土曜日

夏の終わりに 高田橋の花火_2012

ベランダからの眺めがまあまあなので、高田橋の花火のほんの一部を。

2012年8月24日金曜日

新しいスタイルの教室;相模原市立のある小学校にて

ある新しい小学校のサマースクール(8月22日ー8月24日)の理科教室のお手伝いと云う事で、3,4年生にポンポン船、5,6年生にY字振り子の授業をしてきました。学校を訪れて、その作りが従来の作りとずいぶん違う事に驚かされました。廊下が広い事にはすぐ気がつきましたが、教室が面白い。左図は6年生の教室で、とても広い。この中に三つのクラスが入っています。各クラスはパーチションで仕切られてるだけで、ドアで隔てられることはありません。オープン。違うクラスの子たちの間の意識の隔ては少なくなるのではないでしょうか?クラス替えがあると疎遠になるなんて事もないようなきがします。(2枚の写真を重ねてますが、クリックすると大きくなります)
ある女性の先生が、隣のクラスの男の先生が、大声で叱ると、こちらのクラスもピリッとするんですよ、なんて仰っていました。アメリカではそんな作りの学校を30年前に見ました。アメリカのやる事がいつでも良いとは思いませんが、新しい試みを通じて良い点が得られれば、今後の改善に役立つことかもしれません。ずーっと同じつくりの学校ばかり見て来たので、新たな息吹を感じました。

ついでながら、右図は玄関から入ったばかりの広場で、とても広く取ってあります。そしてそれが中庭に面しています。とても気分のいい空間でした。われわれは、この広場にブルーシートを敷いて、プールを置きポンポン船の実験を行いました。

2012年8月19日日曜日

相模原北公園

橋本西にあるホームセンターから、発注しておいたアルミパイプが届いたとの報が入った。取り急ぎ朝一番で出向き購入。帰路、久しぶりに相模原北公園に寄ってみた。カメラを持って出るべきだった。緑したたる木陰をあるくと、そよ風が頬をなでる。実に気持ち良いひととき。
蝉はないてるんだけど、抜け殻が木や枝にしがみついてるのを全く見ない。高ーいところまでエッチラ登って行って羽化するのだろうか。
さほど広くもない公園なのだけど、レイアウトのうまさだろうか、広い公園を歩いたような気になって帰って来ました。アゲハなど蝶もたくさん舞ってましたよ。

2012年8月16日木曜日

閑谷学校

8月上旬に、あるNPOの関係で、閑谷学校に2泊3日の行程で行っていました。江戸時代に岡山藩主池田光政が命じて作った、庶民の学校(庶民のためと云う意味では日本初)。幕末近くになって、庶民の教育が大事と気がついた、多くの他藩が、この閑谷学校から多くを学んだようです。
昔寄宿舎があったところに建てられ、つい最近まで学校として使われていた古い建物が資料館として使われていました。
光政と言う人は幼くして家督を継ぎ、どうやって藩を治めていくか大いに悩み、最終的に学問でもって藩を統治しようと考えたとのこと。その境地を若いうちに切り開いた事は素晴らしい人だったのでしょう。 藩の郡方にも庶民のための寺子屋を建て、その頂点に閑谷学校を庶民の学問所として位置付けたと書いてありました。
国宝の講堂はいまも威風堂々とした雰囲気。儒教に基づく教育がなされたのでしょう。

上は国宝の講堂(左)と、その内部(右)。下は資料館(左)と「楷の木」(右)

写真はクリックすると大きくなります。
「楷の木」:閑谷学校では『学問の木』とも呼ばれ、孔子墓所にあった「楷の木」から採集された種から育てられた木で、閑谷学校のほかにも日本国内の孔子や儒学にゆかりのある学校(湯島聖堂、足利学校、多久聖廟など)に配られたとありました。

閑谷学校のそばの岡山県青少年教育センターの広い部屋に布団を並べて泊る合宿でした。何年ぶりでしょうこのような事するのは。

2012年8月14日火曜日

蝉の幼虫捕り

昼少し前、自動車で横山公園のそばを通ったら、クマゼミがないていました。クマゼミの北限はもうとっくに東京を越したと云うから、不思議でもなんでもないのでしょうが。

今日は夕方遅く散歩。横山公園に行ってみました。一周してメタセコイヤが並ぶ辺りに来て、ハタと奇妙な数人の人たちに出会いました。歳かっこうはどう見ても、殆ど私に近い年齢らしい。釣り竿みたいな細長い竿を持っている。そして、強力な懐中電灯をかざして、上を見たり地面を見たり。
おじいちゃん、おばあちゃんが孫のために採集してやっているようなのんびりした雰囲気ではない。もっと切実感が漂う。なんなのだろうか???
私も数匹の幼虫が地面を歩いてるのを見つけた。”オイオイ踏みつぶされちゃうぞ”と木の幹につかまらせたが、見つかって竿でおとされちゃうかなー。