2018年5月31日木曜日

見栄は張るけど、誇りも正義感もない。

彼の方は、「関与」という言葉を「金銭の授受」だけを指すかのように言い換えた。まあ金銭授受以外での関与が暴かれても、安全であるように逃げたと言えて、語るに落ちたとも言えるが、見栄を張っただけなんだなと思った次第。
だけど、実に情けないのは、首相と言うとても責任の重い名前を騙られて、「怒る理由がない。」とは!この人、首相という地位にいる自覚が全くないのではないのか?この話は個人の域を超えた話であり、「首相」という重い責任を負った名前を騙られたのだ。
個人が貶められただけなら、怒るか怒らないかその人の思いでよかろう。「首相」という地位を貶められて、過去、未来の首相に対して強い責任を感じないのであろうか?
正義感、「首相」という重い責任の地位を占めている誇りも無いのであろうか。

2018年5月30日水曜日

Y字ドライバー

ねじ回し(ドライバー)といえば、普通は+ドライバーか―ドライバー。ねじの頭に+か―の溝が彫ってあって、ねじ回しの先端がそれに適合するようになっている。たまに、三角形が上向きと下向きに重なったような、六角形のものもあるが、それら三種類のサイズが違うドライバースクリュウを取り揃えたセットは比較的簡単に手に入り、私も持っている。
先日、テーブルタップの故障を直そうと、裏を見たら、なんとねじの頭がY字に切ってある。そんなの初めてで、驚いた。近くの百均ショップの工具コーナーにはY字の溝に対応できるドライバーはなかった。でもさすがハンズ、工具コーナーにありました。さっそく購入して、件のテーブルタップの内部をあけて直しました。

それにしても、なぜ、こんなにいろんなねじを作る必要があるのでしょう。標準化して決めておけばよいのに。ドライバー業界のためにやってるのでしょうかねー?
そのうち卍型のが出たりしてー。まさか、そんな馬鹿なことはないか!

2018年5月27日日曜日

次の場面は学園理事長が県知事&市長に謝りに行くの図。

あんなこと言っちゃって、ホンマかいな!学園側が県や市に嘘をついてしまったと発表した。たとえ学園の一職員が言ったとしても、学園を代表して県や市に対して言ったのであろうから、学園の理事長が県知事や市長に謝りに行くのは当たり前として、その後どういう対応が取られるのか??
学園としては当然そのような嘘を言った、または言わせた職員の処分もせねばならない。
ここでも、見苦しい場面があるのかなー??

県や市は学園と一緒になって獣医学部が設置されるよう、国への働きかけをする大きな動機、判断材料となった筈ゆえ、学園に対して今後気を付けてくれぐらいでは到底済まされない。県や市がどんな態度をとるか興味津々だ。

2018年5月24日木曜日

清々しかった。頑張ってほしい、若い世代。

政府にしろ、大企業にせよ、大学にせよ、危機に際しての対応に全く清々しさがない。直截さがない。
そういった中で、日大アメフト部を辞めた、宮川君は実に直截で、自分の非もしっかり認め、表情も覚悟を定めたもので、 実に清々しかった。あまり褒めてもいけないが、凛々しささえあったと感じている。

小松左京が書いた日本沈没という小説がある。地殻の巨大変動により日本列島が物理的に沈没する。その過程にあって 日本人がどんな行動をするかを描いている。今起こっていることをじっくり見ていると、私は日本沈没が起こっているような気が してならない。物理的にではなく人的に。
願わくば、宮川君のような若い人たちが、このバカげた状況を反面教師にして、新しく社会を再構築してくれることを願う。 そして、もう終わってしまってるような人たちが指導者面をするようなことがないように、もっと若い正義感、進取の風に満ちた年齢の、 人達が指導者となれるような社会を作らねばならない。

アメリカ合衆国の故ケネディ大統領が大統領に就任したのは44歳。 そんな年齢の人が指導者になるようでなければいけないのだ。そのためには若い人たちが速く真の大人に成熟するように 社会の甘えた構造も、過保護の環境も壊さねばならない。
我々年寄りは、若者の邪魔をしないように、自分で考え、自分の言葉で語り、自分できちんと責任ある判断を出来る 人達が少しでも多く育つように、見守る努力をしたいものと思った。

若い人たちよ!終わった人達のことはどうでもよいから、諦めずに、希望を持って、社会を切り開くべく、前進して欲しい。

2018年5月19日土曜日

学生スポーツとしてのアメフト

プロのスポーツではないのだから、作戦の立案は当然学生もかかわるものと思っていた。ところがアメフトは組織的な動きで役割がはっきり決まっていて、トップが事細かにプレーヤーの動きまで指揮するとか。プレーヤーが指示に従わないと組織としての動きがバラバラになるので、指揮者の指令は絶対なのだという。
いま、アメフト選手の反則が問題となり、反則に関する指示があったかどうかで喧しいが、ルールを守ったとしてもこの話には???である。 つまり、学生スポーツという観点から言うと、何とも違和感が生じてしまう。プロのスポーツならその有り様は分からないでもない。対価を受けての活動なのだから。だけど、学生が指揮者の言うことにただ従って動く、絶対服従とはどういうことか?そこで彼らは一体、何を学ぶのか?
20才代前後に達した学生が学ぶよう求められることは第一に批判精神を養い、自分で考えて行動する力を養うことのはず。言われたことをただ盲目的に従うのでは、それは学生の本分に悖る。

最近、大学の宣伝に、強いスポーツ集団を持つことが手っ取り早くて、重視されるようだが、上意下達で、学生たちが一糸乱れず命令に従うことによってのみ強くなれるというのであれば、これは学生スポーツと認定しない方が良いのではないか?
それでもなおかつ大学がアメフトによって宣伝効果を得たいのであれば、学生を使うのではなく、プロ選手を雇えばよいと思うが、どうだろうか。

5.16;角館にて

朝秋田から秋田新幹線を利用して角館へ。新幹線だけど、秋田駅のプラットホームも在来線仕様。走るコースも在来線そのままで踏切もある。だけど線路は狭軌ではなく、標準軌(秋田駅周辺では狭軌の列車と標準軌の列車が混在できるように3本のレールの部分があるという)。何故ミニ新幹線と云うんだろうと角館駅で駅員さんに質問してみた。
骨子は、新幹線に乗り入れられねばならないので、車体の下につける台車は標準軌でなければならない。
レールは在来線上に標準軌を敷設しなおす。だけど在来のトンネルを通ったりするには車体は在来線仕様でないとだめ。したがって幅狭の車体。だからミニ新幹線と云うとのこと。確かに新幹線では椅子が2+3=5列に対し、ミニ新幹線では2+2=4列でした。
ここを走る在来線列車も台車だけは標準軌に取り換えてあるそうな。お金かかるから3本レール方式を貫きゃいいのにと思って調べたら、そんなことすると、レールの擦り減り方がばらばらなことになって、保線が大変だとのこと。納得。
さて、角館を訪れたのは、やはり武家屋敷周辺をちょっと見たかったから。ここの殿様は佐竹北家で、いわば本家の一支藩。だけど今の秋田県知事は佐竹北家の当主とか。その佐竹家だが、河内源氏の棟梁八幡太郎義家の弟、義光を祖として常陸北部を永く支配していたが、徳川家康によって秋田へ移封されて、江戸時代も生きぬき、明治に入って華族に列せられている。
上級武家でも謂わば陪臣。決して豊かな生活ではなかったと思われる。勘定方を担っていたという石黒家は今も子孫がお住まいとのことだが、ごく一部が公開されていた。医療にも携わったとかで、解体新書の写しも公開されていた。そのほか広いお庭を公開されているお宅も。欄間に亀が彫られている。しかも木の縞模様が川の流れのように生かされている。
道路が広い。これは昔からそのままとのこと。武家屋敷の地域には枝垂桜、楓などがよく見受けられた。
とても落ち着いた佇まいの町です。

2018年5月17日木曜日

5.15;五能線(十二湖)

この日はくっきり晴れた。
車窓からの岩木山の景観、ゆっくりすそ野をひいて、素晴らしかった。

弘前から特急、リゾートしらかみに乗車。最初「橅」編成、途中から「くまげら」編成に乗り換えるという通常はない特別の事があった。  
 
橅編成列車と千畳敷駅では15分間の海岸での散策。粋な計らいがある。
そして、素晴らしい景観の海岸線ではゆっくり走ってくれる。
十二湖駅で特急から降りて、バスに乗り十二湖の青池あたりまで。そこからちょっと山道を歩いた。
この日の歩数は7600歩。橅林、エンレイ草、ヒトリシズカ、そして澄んだ湖沼等々、楽しみながら、大部分が白神山地のごく一部を歩くのに費やされた。膝が悪いかみさんが、杖を突きながら負けん気を発揮したのは褒めてやろうと思う。(翌日大分へたっていた。がしかし口だけは達者だったなー)。
帰りは十二湖駅までバスで出て、鈍行に乗って東能代へ。これで五能線とお別れして、奥羽線で秋田まで。そこで泊まり。五能線は楽しめる。良い選択。

言い忘れ、弘前で五能線に乗って、しばらくして、先頭車両で津軽三味線の実演があるとの放送あり。さっそく移動して聞きに行ったら、二人の奏者のうちの一人は前日に 弘前ねぷた村で演奏してくれた人。彼は売れっ子らしい。

2018年5月16日水曜日

5.14;弘前にて

青森についた時から感じていたが、土地の人たちの人のあたりが柔らかいなー、払われる気遣いが温かいなーと。
さて、14日、曇天。5月中旬だが、まだ八重桜が咲いている。紫の木蓮も。リンゴの白い花も見事に咲いていた。
午前中は弘前城めぐり。決して広くはないけど、堀は2重、3重にめぐらされ、高低いくつかの土塁もめぐらされている。
面白いのは、本丸にある天守閣が端っこに作られていること。今般の地震で石垣が崩れそうな気配がみられるとて、天守閣を丸ごと ジャッキアップして本丸の中央部に移し、現在石垣部分の補修工事がなされている。
長方形の本丸は天守閣が端っこにあって、その広い長方形の部分は今はいくつかの銘木のほか桜などが植わっている。 昔は敷地の大部分を使って御殿があったらしい。そんなことが推測される展示がなされていた。本丸の西側に岩木山の すそ野が見えていた。残念ながら曇天のため山容は見えない。
午前中最後に藤田記念公園に寄って、崖の上下に設定された山水をあしらった(?)お庭を楽しみ、昼食後に、公開中 の武家屋敷を見せてもらう。100石とりぐらいの中級武士の家だそうだが、確かに質素なたたずまいだった。
最後に、ねぷた村を訪れた。圧巻は津軽三味線の実演。コンテストで1位になった人だけあって、素人にもは、 迫力は伝わる。撥の一振りでいくつかの音を強弱をつけて発する。 あとで、あの激しい撥の使い方では糸がしょっちゅう切れるのでは?と質問したら。奏者はこともなげに、 そりゃしょっちゅうです。2,3ステージぐらいで取り換えなきゃなんて話でした。
徒歩;12700歩

2018年5月14日月曜日

5.13:三内丸山遺跡&八甲田丸

三内丸山遺跡;青森湾を望む小高い丘の上にあった。5000年前から4000年前ぐらいの頃を推測するのは途方もなく難しいが、すごく楽しみでもあるだろうなと思いながら、ガイドさんの話を聞いた。
柱などは固い栗の木だそうだ、でも既に焼いて虫が食えないようにする技術を持っていたと聞いて驚いた。
ただ、復元に当って、直径2m近いまっすぐ伸びた栗の木は手に入らず、1.5mくらいのをロシアから輸入したそうな。勿論、木は黒々と焼いたものを使っていた。
八甲田丸;今は青森港に博物館として係留されている。お世話になった船。中は随分変わってしまっていたが、列車収容スペースに入ったのは初めて。勿論機関室も。
徒歩;10000歩