2019年12月27日金曜日

大臣という地位の名称

何故「大臣」という言葉を未だに使うのだろう。 語源を尋ねれば、大昔の、大君(おおきみ)の臣下の内の大いなる者の意味で、大臣(おおおみ)から来ているのであろう。 ところで、大臣は現代で、一体だれに臣従するのであろうか? 昔であれば、天皇に対する臣下であったろうが、今は天皇は国民統合の象徴であって、君臨統治する存在ではない。
なんとか大臣という人たちの集団は内閣を構成し、公務員からなる行政組織を動かす、公務員のトップをなす。 公務員と言えば、それは公僕である。つまり国民のために働く公僕のトップなのである。
ところが、「首相は国会の決定に従って、天皇が任命する。首相以外の内閣のメンバーは首相が任命し天皇が認証する」。この辺が 「内閣総理大臣」とか「国務大臣」という呼称と相まって、どこかしら勘違いをする人がいるのではないだろうか?
本来、主権を持つ国民の臣下なのだが、そうは感じられないのではないか。使う言葉は人の意識を支配してしまいかねない。 いっそのこと、大臣という言葉を廃止してはどうか。首相、・・・相、・・・長官、で十分なのではないか。 例えば、外(務)相、外交部長官で十分に名は体を表しているではないか。

2019年12月19日木曜日

漸く一寸だけ気づいた、みずからの身の丈

やりたいことは理解できるし、望むらくは実施したいことだ。しかし共通テストという大規模試験で、業者に任せて実施して、地理的にも、採点者確保においても、受験者の誰にたいしても公平が期待できないことは明白。

着任間もない文科相は苦し紛れに思わず(だろう)、受験者に対して身の丈に応じて頑張れと、不見識なことを言ってしまった。入学試験の意味をきちんと考えていれば、そんな発言は出来ないはずだった。

誤ちを革むるに憚ること勿れ。とっとと決断すればよいのに、問題が明らかになってから1月半以上かかって、漸く問題を認めた。漸く自らの身の丈を知って、それに合わさざるを得なくなったという構図だ。受験者に身の丈発言をする前に、自らの身の丈を知るべきであった。知っていればこんな恥ずかしいことをせずに済んだはずである。個別の大学で記述式の問題や英語の聞く話す能力のテストを入れることを期待したいことである。

やく みつる氏の風刺漫画はかなり辛辣である。マイクの前の文科相に対して、大学入学共通テストで記述式問題の実施が見送りになった原因を問うている。解答は選択式で
イ. ずさん
ロ. どくぜん
ハ. せっそく
二. ばあたりてき
と解答欄はゼーンブひらがな。中身もなかなか素敵で、文科相が「わかるかな」とつぶやいている。久しぶりに痛烈な風刺漫画を見て痛快だった。身の丈が幾つかの角度から問われてますな。