2016年8月29日月曜日

夏の終わりに I (白馬村にて)

8月中旬に孫娘(高2)を連れて3人で白馬村へたったの一泊小旅行。カラッと晴れることはなかったけど、多分杓子岳のではないかと思うが雲間に雪渓が見えていた。何とも気持ちいい景色。ロープウェイに乗ったり、リフトにも乗って冬ならスキー場をブラーっと歩いて、しばし良い空気を吸って吸って、リラックスのひと時。

花は時期を過ぎてたけど、ギボウシとシモツケソウ
白馬村和田野の森教会と菊池哲男山岳フォトアートギャラリーが中々いい雰囲気のところにあった。中の雰囲気もちょっと。


2016年8月14日日曜日

楽しいタクシー

12日朝早く、出立して一泊旅行。駅までタクシーを頼みました。約束の時間にマンションの玄関のところになんだか派手な絵を描いたタクシーがお出迎へ。白い車体に絵が一杯です。道々運転手さんに質問すると。会社のそばの小学校の児童に絵を描いてもらったのだとのこと。会社所有の車の内一台を選んで頼んだのだそうです。
中々楽しい企画ですねー。会社の地域へ根ざそうという心意気でしょうか。タクシーを降りて急いで撮らせてもらいました。下手な写真で済みませんが、子どもたちの絵は、運動会の様子があったり、相模川のこいのぼり(?)があったり、楽しいです、クリックすると大きくなります。

2016年8月8日月曜日

プチプチとゼムクリップで浮沈子

ある公園で行うイベントに関して、子ども達はかなり考えないとうまくいかない、電気や各種の工具もいらない面白い企てはないか考えることになり、仲間と相談して、右に示したような緩衝材のプチプチとゼムクリップで浮沈子を作るという事を考えた。
使う道具はピンセットとハサミだけ。簡単ではないゆえんは、プチプチには空気が入っていて水面に浮いてしまうが、 ゼムクリップを付けるとおもりとなる。そのうまいバランスを見つけて浮沈子を作るわけである。折角だからプチプチからは、何かをイメージしてその形を切り出しても面白い。
下は簡単な一例であるが。
中学生最後の頃になると、一応この現象を説明するのに使う原理、法則を学ぶはずだが、小学生はどうだろう。

2016年7月26日火曜日

単にスポーツっていうけれど

リオオリンピックを巡って、国ぐるみのドーピングが賑やかである。選手の健康が損なわれることがないよう薬で体を作り変えるようなことはさせないという配慮と聞いた。
そのような配慮を離れても、薬の力で差をつけるなんておかしなことのように感じる。だけどである、薬で差をつける事を排除してもである、今のスポーツは選手(プレーヤー)がおのが努力の成果だけを競っているのだろうか?と疑いたくなる競技種目はかなりある。
冬の種目からいこう。スキーは板やワックス技術が大きく効くと聞く。選手とコーチだけでなく、ワックス担当者の判断が勝敗に大きく効くと聞いた。こうなると選手は自分の技量だけで競うのではなく、自分の周りのスタッフの力で戦っていると言っていいのではないだろうか?スキーのジャンプ、スケートでも同じような用具の差が重要となりそうである。
夏の競技だって、走る競技だと靴の差。泳ぎだと水着の差が大騒ぎとなった事があったが、今はどうなのだろうか?用具に強く依存する競技種目はかなりあるが、このような場合の競技力ってのは何なのだろうかと思ってしまう。用具を供給する企業の技術力に強く依存することになりはしまいか?なんとなく、ドーピングとどう違うの?と疑問を呈したくなる。
そこに商業主義が入り込んでくる余地を与えるし、国が絡むと技術力のある国、或いは富んだ国の選手が有利となる。なんだか面白くない話である。
スポーツは政治に利用されやすい。特にオリンピックの種目になると、国の威信をかけるという事があるからだろうか、採用種目にも国の力が影響しているようである。こういうことも排除したいものである。 いっそ、用いる用具は統一規格にする、国旗は一切掲げない。選手個人が個人の力を比べあうことにしてはどうだろうか?これ、原点に戻ることではないだろうか。

2016年7月22日金曜日

ポケモンGO

あ~~~!水は低きに流れる、の一語に尽きる。
作ったやつは頭は良いのだろう。だけど、愚か者だ。
「街中で道路上で歩きながらゲームをする」ことは何を意味するか。 想像力の無い、愚か者だ。

2016年7月15日金曜日

今更2/3論議

選挙が終わって、改憲勢力が2/3に達したといって、マスメディアでも騒いでいるが、今更の感がある。
もっと早くから、普段からやらにゃーならなかったこと。昔の新聞やラジオはずいぶんと国民を啓発する、啓もう活動をきちんとやってきていたが、極論するようではあるが、今や愚民化活動に重きをおいているようにすら見える。

参院選の前から、新聞やTVのアンケートの結果が出ていたが、憲法論議よりも経済を重視して投票するという人たちの数が多かった。 私は日本国民も、そこまで落ちたかと思った。つまりは形而上の事より形而下の事の方が大事というのだ。
憲法はいったん決まれば、そう簡単に変えることはできない。経済は施策によって変わるもの、有限の物をどう分配するかという話。要するに何処を膨らませて、何処をへこませるかというような話で、憲法のような問題に比べれば小手先の事なのだ。
参議院議員の任期は6年もある。目先のことを判断基準にして選んではいけないのだ。
「人はパンのみにて生くる者に非ず」、今の物質礼賛社会では死語となってしまったのだろうか。

参議院というのは衆議院のチェック機関だという。でも、いまや、ミニ衆議院と化し、チェック機能など働かないようになっている。私が選挙権を得たころでも、参議院は政党色が濃かったけれども、議員の自分たちの立場に対する見識は高かったように思う。決して衆議院が参議院より優位にあるなどという意識はなかったし、チェック機能は少しは働いていた。少なくも今のような参議院の姿は意味がない
参議院の前身は貴族院で、民衆から選ばれる衆議院に対して、貴族院があり、貴族院が当時の体制を急激に変化させないようなチェック機関だったのだろう。 今の衆議院は、民衆から選ばれるといっても政党に縛られた連中から選ばれる。いっそのこと、そのチェック機関としての参議院を機能ならしめるために 参議院から政党を一切締め出し、政党に何の関係もない人しか立候補できないようにしてはどうだろう。そんな気がしてきた。 政党人にお金で釣り上げられないような仕掛けはつけないといけないが。

2016年7月10日日曜日

投票の出口調査;でたらめを教えれば面白いのに!

今TVで、参院選投票所の出口調査を基に当選確実を議論している。なんで、出口調査なんてことをするのかわからない。
数時間後には結果が判明するのだから、人件費をかけて調査する理由がない。そしてその結果に元ずく当落予測の放送のエネルギ―の無駄。 調査をし、放送をする理由があるとすれば、お祭り騒ぎをしたいだけとしか思えない。もう一度言うが、放っておいたって結果は出るのだ。馬鹿としか言いようがない。

NHKでは調査対象の70%が出口調査に応じたという。その内の10%が自分の投票と異なることを答えれば、予測にずれが出るだろうになー。
日本人は正直だから、ちゃんと答えちゃうのだろうな。
私は自分の投票を他人に言うつもりは全くない。一度聞かれたことがあるが、その時は無視した。今度聞かれたら全く違うことを 言おうと手ぐすね引いてるのだが、残念ながらその機会は未だない。